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【小説】Merry Christmas (3/5)

この週末も貴司は注文書の確認、真理子は社内の整理を兼ねて出社している。クリスマス商戦と引継業務を同時に進めた怒涛の日々にも、ようやくゴールが近付いている。

「今年のクリスマス、しかも土日じゃないですか」
「それがまたイベント感を煽ってるんだよね」
「忙しさにもターボが掛かってきてますよ」

約40社ほどの仕入先とおよそ70店舗の販売先、大小2万点の商品の入出荷状況など、あらゆる要望に対し最適解を導くには、経験や計算能力だけでなく取引先の担当者および『会社の性格』を掴むことが不可欠だ。それゆえ引継の内容は、数字では表せないデリケートな情報の共有が大部分を占める。

「先輩、仕事って結局は何なんでしょうね」
「鈴谷くんは何でこの業界に転職しようと思ったの?」
「どうせ働くなら、遊び心が欲しいと思って」
「そっか、おもちゃやゲームに囲まれてね」
「はい、毎日がもっと楽しいと思ってました」

子供の頃はおもちゃ屋さんに連れて行ってもらうたびに、ここが自分の部屋だったらと妄想していたことを貴司は思い出す。しかし現状、倉庫いっぱいのおもちゃ達に囲まれても、胸が躍ることはない。

「先輩は、嬉しかったプレゼントとか覚えてます?」
「色鉛筆かなぁ、200色セットの」
「それは最高すぎますね」
「でも買えば今すぐ手に入るとわかっていても…」
「…たぶん、自分では買わないと思うんですよ」

お金が無い頃は目に映るもの全てが欲しい物ばかりだったのに、いざ働いて貯金が増えると、心が疲弊して物欲がなくなってしまうジレンマ。その時々で幸せの意味は振り子のように揺らぎ、きっとこの先も掴むことが出来ないのではないかという不安が、貴司の心にもやもやと漂っていた。




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