【将棋の話】百折不撓の棋士、木村一基九段について
今回は、将棋ファンにとっては涙なしでは読めない、素晴らしい一冊を紹介致します。
2019年に悲願の初タイトルを獲得した、木村一基九段の半生を綴った新聞の連載記事を元に、今年夏に書籍化された『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』という本です。
初タイトルまでの道のりの苦難さは、この本の帯に書いてある通りです。『最年長・最遅・最多挑戦』、そのどれか一つだけを取っても十分にドラマ性があるのに、全ての要素が凝縮しています。将棋ファンでなくとも、その果てしなく遠く長かった悲願が想像して頂けると思います。
一方、今年の王位戦にて木村王位を破り初タイトルを獲得した17歳の天才・藤井聡太二冠は『最年少・最速・初挑戦』、そのどれか一つだけを取っても十分にドラマ性があるのに、全ての要素が凝縮しています。これまで歩んできた道のりが真逆の二人による対決は、そのあまりに対極な構図から一層注目を集めました。
木村九段の様々な記録について、まずは最年長記録について深掘りしていきます。これがとにかく凄い。分かりやすく記録を順に並べていきます。
初タイトル獲得時の年齢
① 木村一基 46歳3ヵ月
② 有吉道夫 37歳6ヵ月
③ 桐山清澄 37歳5ヵ月
④ 森 雞二 36歳3ヵ月
⑤ 深浦康市 35歳7ヵ月
一人だけ年長のレベルが違います。それまでの記録から見れば、もし38歳や40歳で記録を更新したとしても、間違いなく偉業と言えるでしょう。それを遥かに超える46歳での初タイトルは、まさに前人未到の大記録です。
次に最遅記録についてですが、将棋のタイトル経験者は現在までに41名、木村九段以外の40名は21歳までに四段昇段しプロ入りしています。一方で木村九段は三段リーグを突破するのに6年半かかり、四段昇段は23歳9ヵ月の時でした。タイトル経験者としては前例のない遅咲きであり、さらにそこから20年以上の年月を経てのタイトル獲得。しかし実はその間、念願のタイトルに手が届きそうな瞬間は何度もありました。
そして一番の肝である最多挑戦記録について語りたいと思います。まずはじめに、タイトルに挑戦するとはどういうことかを説明しなければなりません。棋戦によって方式は違いますが、一次予選・二次予選を経て本選トーナメントで勝ち抜き優勝する、または予選通過者による総当たりのリーグ戦で1位になる、など、とにかくタイトル保持者以外の全棋士で一番になることが条件なのです。
最多挑戦ということは、常にトップレベルの成績をあげながら、なおかつタイトル戦で6度も敗れ続けたという悲劇の記録です。しかもタイトル戦は番勝負で、5番勝負なら3勝先取、7番勝負なら4勝先取の長丁場なのですが、木村九段はそれまで、先にタイトルに王手を掛けながら、あと1勝でタイトル獲得という将棋を8回連続で敗れるという、信じられないほどの悲運の棋士でした。
前述のように、タイトルを取るほどの強い棋士は、もれなく若くして頂点へと登って行きます。年齢を重ねる度にチャンスが遠ざかるのは、勝負の世界における道理です。それでも諦めずに精進した結果、2019年9月26日午後6時44分、王位戦第7局に勝利し、史上最年長の初タイトル獲得という劇的なドラマが生まれました。
木村九段の座右の銘は「百折不撓」。意味は、何度失敗しても、決して信念を曲げないこと。それまでの数々の悲運の歴史を知ると、その言葉の重みに、身につまされる思いです。
将棋界は、新星のように現れた天才少年の活躍によって、かつてないほどの注目を集めることになりました。そして時を同じくして、言わば対極の「中年の星」が起こした奇跡を一人でも多くの方に知って欲しいと思い、ここに本書をお薦め致します。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!