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先延ばしの「コラム」

今月も文章力を鍛えるために毎月恒例の長文を書きます。
これは己に課した枷、制約と誓約です。
どんなに金曜夜で疲れていても疎かにはできません。
今すぐ寝たいとしても長文を書かなければならないのです。

先月はエッセイを書いたので今月はエッセイ以外を書きます。
いつかは官能小説を書きたいという野望もあります。
長文といえば小説だしえっちなものの方がやる気が出るので。
とはいえそれを書くには私はまだ未熟者です。
青二才です。
まだまだ精進しなければなりません。
青二才という言葉はドラゴンボールのセルが使っていたので覚えました。
トランクスに言ったやつですね。
未来編の最終話で。
覚えてますか?


目標を決めずにダラダラ書くのは良くないです。
すぐ脱線して水増しの文章になってしまいます。
水増しの文章とは何か?
今書いているこの文章のことです。
口で話すくらいの速度で文字を書いてます。
これは本当に良くない。
なぜ良くないのでしょうか。
それは私の目標が「長文を書くこと」ではなく、「テーマに沿った長文を書くことでTwitterに侵されてしまった文章力を鍛え直すこと」だからです。
水増しの文章では意味がないんです。
水増しの文章は文章力を付ける上で忌むべき存在と言えます。
唾棄すべき存在と言ってもいいです。
憎むべき存在でもあります。
死すべき存在というのは言いすぎでしょうか?
今月はまだ初心者なので許容しますが、来月から水増しの文章は厳しく判断していきます。


今月の長文は「先延ばし」のコラムにします。
大人になる条件というのは嫌なことを先延ばししなくなることかもしれません。
私は子供の頃夏休みの宿題を9月になってから終わらせるタイプでした。
真面目な生徒には理解できない感覚だと思いますがそもそも8月31日をリミットと思う感覚が希薄なんですよね。
最初から「やったけど家に忘れました」で粘れると思ってるから。

仕事もそうでした。
社会に出たばかりの頃は仕事していて後々問題になりそうな不具合に気付いていても、それを先回りして確認しませんでした。
何事もない可能性もあるし。
誰かから指示されたわけでもないし。
「やばくなったら確認しよう」という程度の意識だったと思います。
もちろん今考えたらやばくなったら確認すればいいという考え方が1番やばいとわかるんですが
20代前半なんてまだまだ自我が形成されてない赤ちゃんみたいなものなので気付けませんでした。


しかしそんな自分も今では嫌なことや面倒なことを先延ばしにしなくなりました。
むしろ前倒しで物事を片付けることを意識するようになってきています。
面倒なことを先延ばしする理由って他に今楽しいことがあったり単純に億劫だったりするのが主な理由だと思うんですけど、
結局それやってると目の前のことをフルで楽しめなくなってしまうと気付きました。

歳とるとトイレが近くなるって言うじゃないですか。
たしかに肉体的にそうなるのはあると思うんですけど、でもそれは長年の経験からトイレ我慢するのに意味がないことに気付くというのも大きいんじゃないかと疑ってます。
我慢してトイレを先延ばしにして食事したりゲームしたりしても
結局食事やゲームの満足度が下がってしまうんですよね。
それはもったいない。
だから全然我慢できるけどちょっとトイレ行きたいくらいでも早めに行っちゃった方がいい。
大人になるほどそう思えるようになるというのもあるんじゃないでしょうか。
いつかは絶対トイレ行くし。
死ぬまで逃げ切れるわけでもないし。
わかんねえけど。



ここから仮面ライダー電王のキャラソンの歌詞について話すんですけど

巻き戻しはできないこと知ってるならきっと
先送りもできないと気付かなきゃいけない

仮面ライダー電王のキャラソン

いい歌詞ですよね。
電王は時間をテーマにした作品なのでこういう時間に関するフレーズを上手く絡めているのもかっこいいです。


来月こそ先延ばしせず早めに長文を書き上げます。

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