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【story】かしわもち

私はそうだな…よもぎ餅でつぶあんの柏餅が好きかな。

今日は気持ち蒸し暑いような陽気にも関わらず、熱い緑茶と柏餅を頬張りながら呟く。
買ってきたのは、よもぎ餅つぶあんと、こしあん、みそあんの3種類。
一緒に食べようと思っている人は、ここにはいない。
今いないだけで、私が起きた時には出かけていた。

仕事が多忙なのを理由に連絡を取らなくなって、気にはしていたけど、相手も何も連絡をくれなかったのでそのままにしていた。
その中で、予定していた「同棲」をなんとか開始したのはいいが、案の定すれ違いが起き、相手は仕事でそのまま職場に泊まるなんてことも続いた。
細かい会話がないまま同棲して、一緒に暮らし始めてもお互い別々なら、同棲の意味がないような気がして。

柏餅食べている場合じゃないと考えている。
けど、柏餅は美味しい。

もうひとつ、柏餅を食べようと思い
さっきはつぶあんを食べたので、みそあんにするか、王道のこしあんにするか…ふと迷った。一度お茶をすすってから手にした方にしようと湯飲みを持ったが、そのお茶を飲むことも一旦止めて、そのままベランダから入ってくる風の方を眺めた。

あれ?
ベランダに置いてあるプランターは私が持って来たもので、今は6月の紫陽花に向けて植え替えしたところだが…
よく見るとそこに

小さな「鯉のぼり」が。

思わず笑った。間違いなくこの小さな「鯉のぼり」は私じゃない。

食べようと思っていた柏餅をそのままにして、スマホを見てみた。
見たところで、メッセージがある訳ではない。
相手はまめにメッセージを送る人じゃないのはわかっている。
だから、私もメッセージを避けていた。
言いたいことはちゃんと伝えるべきだ。
この同棲が正解なのか間違いなのか、ちゃんと話し合おう。

LINEした。
『今日は、早く帰って来ますか?このままではいけないと思って、ちゃんと話をしようと思ってます。』

…お、既読が早い。
『急ぎの仕事で出かけてました。もうすぐ家に着きます。』

相手が帰ってきた。なんだ、もうすぐ帰ってくるつもりだったのか。

「おかえりなさい。久しぶり。」
「…確かにそうかも。」

相手の右手には、何やらビニール袋。

「もしかして?」
「あ、うん。柏餅買ってきた。」
「普通の?」
「えっと、よもぎ餅でつぶあんの柏餅を。」

私が好きな味をちゃんと知っていたのがずるい。

「ねえ、プランターの小さな鯉のぼり。」
「あ、うん。こどもの日だから今朝。」
「今朝差したの?」
「うん。水やる時に気づくかなって。」

そういうところが…嫌いになれない。いや、好きなったところなのに。

「もしかして、柏餅買ってきてたの?」
「うん、一緒に食べようと思って。でも食べられないかと思った。」

顔を見るのが何だか嫌で、そのまま台所へ行きお茶を入れ直す。
お湯を沸かし直し、そのまま台所を向いたまま

「ねえ、私たち同棲している意味があまりないと思う。1人暮らしと変わらないよ。」

相手も台所に近づいて、私の隣で立ち止まる。

「うん、1人暮らしと変わらないね。…僕がジュリに甘え過ぎた。ごめん。」

謝られるとは思っていなかったので驚き、相手の顔を見てしまった。

「ジュリ、ごめんね。僕はジュリと一緒にいたい。」

いつも口下手で、おとなしい相手が、気持ちを言葉にするの久しぶりに聞いた。ひとつは、私に告白してくれた時。
「僕、あなたが好きです。」
二つ目は、同棲の話をした時。
「ジュリ、一緒に暮らそう?」
そして、今回三回目。

「ジュリ、もっと思っていることを僕に話して。」

ずるい。そんな目をして言うなんて、ずるい。許してしまいそう。
…しかしこの部屋。契約して3ヶ月しか経っていない。
はあ。契約勿体ない方を選んでしまうか。
いや、素直になれないのは私の方だ。

「…リョウスケくんとずっとすれ違いでいるのは、一緒に住んでいる気がしない。寂しい。」

お湯が沸いた。相手はホッとした様子でお茶を入れてくれた。
テーブルに柏餅を持っていき、

「あ、柏餅。」

私が買ってきた柏餅を見つけた。

「あ、僕の好きなみそあんがある。」

真っ先にみそあんを取り、座ると同時に食べ始めた。

「慌てないで食べたら。みそあんはあと2つあるよ。」

相手が入れ直した緑茶を湯飲みに注いだら、なんと色が濃い。
とびきり渋めのお茶だ。
飲みながら、笑った。

「ところで、あの小さな鯉のぼり。手作り?」
「うん、夜中に描いて作った。」
「仕事先で泊まり込みの時に?」
「うん、早朝持ち帰って差して、着替えてから再度。」
「…そうですか。」

何故、小さな鯉のぼりを作って差す、という発想になったのかという理由は聞くのを止めた。

ま、焦る必要もないか。今こうしてリョウスケくんは私の側にいる。
私が好きな、よもぎ餅でつぶあんの柏餅と
彼が好きな、みそあんの柏餅と。
渋い緑茶で、反省してくれればいいや。お互い。

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