マッチングアプリとジェンダーと恋愛と

 去年の夏に登録した。結婚願望があって、将来お見合いするなら今始めても変わんないじゃん、と思って。男女問わずに言えることだけど、出会いの場は多い方がいいと思ってたから。

 結婚っていう形式が好きだった。助け合うことを許された関係みたいだから。血の繋がりのない他人が同じ家に住み、様々なシーンを一緒に目撃するのって面白いから。

 アプリには色々な人がいるけど、メッセージの雰囲気を注意深く見てある程度選べば、普通の人ばかり。様々な環境の中にいる人と話せて面白い。普通に生きていたら出会うことのないであろう人とコミュニケーションを取ることができる。



 19歳までの恋愛らしきものを振り返って、キュンとする気持ちは好きにならない人に感じると気づいた。世間ではキュンとする気持ちが恋愛感情だというから、キュンとした人のことを好きな人だと思い込んでいたと思う、気持ち悪いと思いながら。キュンは好きだけど、キュンとさせてくれる人とはそこまで近づかないで、ちょっと遠くから眺めているくらいがちょうどいい。

 周りの恋愛している人たちの話を聞くうちに、私は男という生物だから好きとか、女という生物だから好きという気持ちも持っていないのかもしれないと気づいた。「恋愛感情」が特定の性に感じるものだとしたら、私にはそれがないような気がする。そういう対象を男女で区別できないから、ヘテロの人の気持ち、ゲイの人の気持ち、レズビアンの人の気持ちはわからないかも。自分とはまるで違う考えをもつ人、という感じ。自分はずっとヘテロだと思っていたけど、正直しっくりこない。


 マッチングアプリは、現状ではヘテロの人が使うものみたいになっている気がする。異性が好きな人が集まっているという大前提があって、アプリを使う男性は男性が好きな女という生物を探しているし、アプリを使う女性は女性が好きな男という生物を探している。でも、本当にヘテロの人ばかりなんだろうか。自分みたいに性自認がよくわかっていなくて、もしかしたらヘテロじゃない人もいるのではないだろうかと疑問に思ったりもする。ジェンダーがはっきりしていたら、恋人を探すのにはそこまで苦労せず、アプリも使う必要がないのではないか。周りが本当に同性ばかりの職場にいる人のようにアプリを使うまでと後で人とのつながりが大きく広がるような人は使う意味がありそうだが、私のようにもともと人が好きで出会いが定常的にある人間が使ったところで状況は変わらない気がする。

 自分がはっきりとしたヘテロでは無さそうだと自認し始めてから、アプリで出会う人に申し訳ないのもあってあまり使わなくなった。私はただ人間が好きで色々な人の話が聞きたいから使っているけど、向こうは恋人を探しにきているのだから。


 そうなると、将来しようと考えていたお見合いは難しいだろう。早くわかってよかった。将来の自分がどう思うかはわからないけど、お見合いするくらいなら、どうでもいい人と結婚するくらいなら、一人を選ぶ気がする。

 自分の中の結婚像はかなり素敵なものだけど、それはもしヘテロだったらこういう幸せもあるよな〜という幻想みたいなもので、全く現実的ではない。映画、ドラマ、本の上の結婚とか、周りの人間の結婚は、とても素敵なものである。二人にしかわからないことばかりだし、幸せそうにしてるなら幸せってことにする。ただ、その幸せが誰にでも当たり前に適用されると思わないで欲しいな、できれば。歴史が生んだ常識だからしょうがないんだけどさ。

 結婚は形式上の問題だから、結婚しようがしまいが、幸せになれると思う。全部相手と自分次第じゃん。そばにいて日々を過ごすことは、結婚という形をとれば口実になるだけで、わざわざ籍を入れる必要も無いと思う。入れてもいいと思う。

 結婚したいかしたくないか聞かれたら、今までと変わらず「したい」と答えると思う、してもしなくてもどちらでもいいから。結婚したいと言ったって、できるとは思わないけど、あなたが考える結婚が幸せなものなら私はそれを素敵なことだと思ってますっていう意思。友人に言われていいなと思ったのは、「ご縁があればしたい」。これは便利。こう切り返しておけば良い。



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