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型彫り~図案トレース~

久しぶりに仕事の話。
型新規で作るときに、それはそれなりに高く付くのだけど、どんな作業をしていてその値段になっているのか、というところは多分なかなか見えないと思うのもあってちょっと書いてみる。
大部分は既存の型でリピートの仕事をするわけだけど、当然新規の仕事であったり、古くなって型の破損が起きたりすると、型を作成する必要が出てくる。

最近では専門で型の下絵を書いたり、型を彫ったりする人はほとんど廃業してしまっているので、染屋が内製化したり、作れる染屋さんに頼んだりしている状況にある。
その中でも、近年はPCでの図案作成・トレース・機械彫りといったところも増えてきて、型の作成についても染の種類に合わせていろいろなやり方をしている。いまのところうちではあまり問題になってないけど、機械彫りで細かい総形を正確に彫りすぎると錯視で目が疲れるとかあるそうなので、そういうのも手彫りの歪みが却って良いケースもあるらしいから、今後も色々研究・工夫は進んでいくのだと思う。伝統は、何も変えずそのまま残すものではなく、時代に合わせて受け継がれながら姿を変えていくものだから。

うちでは、主に手彫りで型を彫っているけれど、下絵はPCでの描画と手書きの併用をしていて、ものによっては下絵データを作成して機械を持っているところに型の作成を依頼している。併用しているというのは、機械彫りであればすべてPCで作らないとならないけれど、手彫りであればどちらでも良いので、機械と人間で得意な描画を得意な方に任せる、というやり方にしている。使っているのはPC(描画ソフト)・コピー機・トレーシングペーパー・水性染料での刷り込み・ボールペン・フリクションペン・デザインカッター等。
そんな中で、今回はその下絵描きの中で、『トレース』の話を少し。特にこのトレースの部分について前からいつか書こうと思ってた理由はあるのだけど、それについては後述。

型の下絵を作成するときに、完全な新規ではなく既存の半纏・型などの再現をすることがよくある。別の染屋さんが潰れた、不満だったから頼むところを変えたい、型の破損があったなどなど。
上に書いたように、最近はPCでのトレースも盛んで、ソフトによってはオートトレースなんて機能もある。ボタン一つでひょいっと。
ただ、このオートトレースは画像を忠実に、でもデジタルにトレースしてしまうので、手彫りの布地の歪みを反映してデジタルな感覚でガタガタした線を出してしまい、あまりきれいな図案に上がらない。ただしこれは、人が手でトレースした場合も一緒で、単に取り込んだ画像を忠実にトレースしようとするとちょっとおかしい図案になることはよくある。
場合によってはトレース元の型がすでに破損していて、部品の位置がズレている、部品が欠けている、前の作成の時点ですでに間違えていた、なんてことさえある。

なので、きれいにトレースしようと思った場合には、『図案の意味』『どう考えて描かれているか』『どんなルールで配置されているか』などを読み取って再現しないといけない。いわば一流の贋作作りこそ良い下絵に必要な考え方になる。
まぁ、とはいえ自分もまだまだ偉そうに言えるほどの知識はないのだけど、いろいろな図案を見て、考えて、また図案外の知識も総動員して『線の意味』を考えて引くのが良い図案につながるというのは理解して気をつけているつもり。

例えば、半纏の大紋・腰柄・襟文字などの図案で重要なものの一つに『文字』がある。
漢字や平仮名で、それもいろんな書体であったり文字を元にした図柄のようなものであったりする。これをトレースするときには、『何という漢字か』『どんな線がどう流れているか』みたいなつながりを意識する必要がある。

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これは手書きでトレーシングペーパーを使ったトレースになるけれど、PCでもやり方・考え方は同じで、その意識の差で元の絵を四角でトレースしてしまうか、元の字に合わせて離れた線を曲線の流れに置くようにトレースするかの差が出る。変形したものであっても、ここでちゃんと元の文字を意識して文字を書くようにすることでつながっているはずの線がズレていたり、あるはずの部品がなくなっていたりという不自然さを極力なくすことが出来る。

他には文字以外の図形で、これは図形次第なので例えばを出しにくいのだけど、一つは元の図案が手彫りの場合その歪みが出てしまうのと型紙・染後・使用~洗濯後で伸縮があるため長さ太さが変わってしまうという問題がある。これを元絵の状態に合わせてコピー機で縦横変倍かけたり、PCで画像の変倍加工したりすることでおそらく元の型紙に下絵に近いものを作ってそれをトレースする。
これをトレースするときも、文字通りのトレースをするのではなく、そこから元の図案の部品の大きさ、線の太さなどを鯨尺で何寸・何分に設定して作っていたのか、全体のどこに合わせるように大きさを設定していたのか、どことどこを同じ長さ・太さにしてどことどこの比率を作っていたのかなどを推測することで、うまく合う値を導いてきれいな直線と曲線、同一の太さ・サイズの図形・バランスの取れた比率の配置で重なる図案を再作成する。
古い図案は鯨尺できりのいい数字に作られていることも多く、それも合わせて考えてPCで作成するときは鯨尺指定は出来ないので現代のメートル法に合わせて計算し直して調整したりもする。
この時に特に難しいのは、細い線を多く使う図案で、例えば縞などは線の太さの比率の違ういろんな縞があり、その縞の太さの設定はミリ単位以下での調整をしないと印象が変わってしまうこともある上に、型紙とそれをつかって糊置きした状態の線が型紙の厚さ・糊置きした人による置いた糊の厚さの影響も受けるため、非常に気を使って微調整することになる。

そして、手書きとPCでの描画を合わせて使うこともあるというのは例えば、丸の中に文字の図案などで、丸を手書きできれいに書くのは難しく、コンパスを使ってもときに歪みが出るし、下絵の線が細いほうが型彫りのときに歪みが出にくいという理由があって、外の円を真円なのか楕円なのか推測してサイズを出し、合わせ、うまく合うサイズを見つけたらその中の文字を手書きで書く、などの方法になる。PCでも書きやすそうな文字であればPCで中の文字を書いてしまうこともある。
下の画像では、円をトレーシングペーパーに印刷して、型紙のコピーから手彫りであることや紗の糸が古くなることによる元の型の線の太さの歪みを直すように調整しつつ手書きでトレースしている。

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余談だが、さらには時にはここから型を彫るときに非常に太さが微妙な線、細かい図案の場合にはカッターを入れるときに微調整して太さを変えることがある。
というのも、糊置きの場合、糊が潰れることで糊の線がほんの少し太くなりがちで、一方、隙間が小さすぎるとちゃんと糊が生地に下りなくなってしまうという問題があるので、そこを想像しながら必要な箇所については微調整していく。基本的にはよほど出ない限りそこの調整が必要ないような図案を図案作成の時点で考えられているが、画数の多い文字をこの範囲に収めないとならない、みたいな制限からなんとか無理に作った図案もあるので、そういった調整には機械彫りより手彫りのほうが調整が効いたりする。そもそもあんまり小さいと紗の糸の粗さから部品が止まらないという問題も起きるので、機械・手彫り関係なく限界はあるけれど。

閑話休題。
ちょこっと実際に彫る方にそれてしまったけど、前述したなんで『トレース』についてまず書こうと思っていたのかについて。
図案には同じ文字を元にしていたり同じ古典柄だったりしても、いろんな変形の仕方があるので、これだけが唯一の正解みたいなものはないので間違いだと言いにくいものは多いのだけど、それでも明らかにおかしいものというのはあったりする。
これはおそらく昔に知識も経験も豊富な仲介人がいたころは、製造元の職人の経験に加えてその仲介人のチェックもその人が育てたお客さんのチェックもあったのだろうけど、まだいくらかは残ってはいるとはいえ現代では少なくない人・染屋がインターネットを介した直接のやりとりに場が移って行っていて(それ自体は悪いことじゃないのだけど)、時に作り手も買い手も図案の意味を読めずに、読めていないのにお互いが相手がわかっているだろうという信頼という名の思い込みがあって、相互の確認でなんとなくO.K.を出して進めてしまって出来ているケースがあるんだろうと思う。これは仲介がいなくなってもうけが増える/安く買えるというお互いWinWinに見えるところの落とし穴でもある。
原因は他にも、内製化を進めた時にPC使ってトレースできる人という採用で配置した結果、漢字・図案についての知識や経験、思考がない人が『ただの絵』としてスピード重視で作っているとか、仲介人が居ても仲介人が扱っている商品についての知識を持たなくなってしまったとか、色々あるのだろうとは思うけれど。
ちなみに、よくあるものとしては、文字の変形の図案なのに、必要な画が足りない、余計な画が入っている(旧字体・異字体があるものもあるのでそこはチェックが必要)、円などの図案で布の伸縮が考慮されずに使われた半纏からトレースを繰り返され何度か作り直された結果歪みが大きくなっている(大本はほとんどが型が真円、あるいは染め上がりが真円に近いのどちらかに調整されている。)など。
特に伸縮については、染の手法で型付けから染め上がりに差があまり出ないものと大きく出るものがあったりするので、それも把握していないと染め上がりの見た目が大きく違ってきたりする。(これを考える場合、だいたい合わせたいのか、まったく合わせなくて良いのか、合わせるなら染め上がり、その後の洗濯後のどちらでというのも考慮ポイント)

もしかしたら、そういう染の仕事になんとなく携わった人でトレースの仕事に配置されたのに、何をしたら、何を知ったらちゃんとしたものがかけるのかというのを教わることなくなぞって作ればいいって覚えちゃった人が見ることもあるかもしれないけれど(そういう職場がないといいけれど)、あるいはそういう仕事も面白そうだなと考えている人もいるかも知れないので、学校の義務教育レベルで触れる機会があるものからせめて身につけてほしいPC以外の分野として
・漢和辞典の引き方と読み方
・数学(それほど難しいものでなくても線や割の考え方の助けになる)
あたりをおすすめしたい。
もちろん、発注側が上がってきたデザインを確認するのにも漢和辞典は役立ちます。

さて、余談だけど上のおすすめの中で特に『漢和辞典の引き方と読み方』と関連して、漢字の勉強をしなさいじゃなくて『漢和辞典の引き方と読み方』、つまり『知ろうと思った時にそれを知る方法』の方を身につけてほしいとあえて書いたのだけど、これは全部覚えるのは非常に大変でその効果を実感しにくいけれど、知る必要が出た時にそれを知る方法を覚えてた方が効果的・効率的に『知的成果』を実感しやすいから。

先日紹介の記事を書いた『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が大変話題になっているようで何より(最も、自分の記事の影響は皆無だろうけどそんなのはどうでもいい)で、ここにもざっくり言って、継続性こそ大事であることや、調べ方・読み方について書かれている。具体的な内容、そこに書かれている学習の道具その他に関しては買ってください。800ページくらいあるので紹介はちょっと厳しい。このページ数で2800円なので、安いと思う。(ダイマ
それはそれとして、記憶は記憶で大事ではあるのだけど、すべての情報を記憶するのは無理だし、記憶は無意識に改竄されてしまうこともよくあるし、そもそも最初に覚えたことが間違っていることもある。大事なのは何を調べたらいいかを見つけられること、それをちゃんと調べられること、調べた情報を使えること。
時に小学校などで『習ったもの以外は使ってはいけません』とか『習ったやり方でやりなさい』みたいな教え方をすることがあるみたいだけど、これは明白な間違いで、学習においてなにより必要なのは必要になった時に必要なものを自ら学べる手段を身につけること。
だって、学校で習って覚えてることだけで残りの人生ずっと生きるのは厳しいでしょ?なら、学び続けるにせよ断続的に学ぶにせよ忘れたものを学び直すにせよ、『何をいつ教えてもらったか』なんてつまらないことは捨てて、必要になったものにどうやってたどり着くかの方が大切なわけで、それをやりやすくするための骨子が学校のカリキュラムであるはず。そんなわけで、『漢和辞典の引き方と読み方』と書いたので、データ作る人も、その製品を買う人も是非身近に『漢和辞典』(できれば最新版、複数)と『独学大全 絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』を置いておいてみてください。

ついでに、この所謂コロナ禍(正確にはCovid-19感染症拡大の影響)から、全国各地のお祭り中止で仕事がなくてあえいでる染め物業界のうちとか、同じ業界の他社になにか仕事の話持ってきてくれたら嬉しいです。やれる仕事は各所で特徴あるので出来ないものもあるかとは思うけれど、祭半纏しかやれないわけではないので。

追記:
図案の意味を読み取るのは難しいのも多くて、それを読むのにそのジャンルの教養を求められるものもあったりするので、常に完璧に、というのは難しい。
例えば、実際に自分で気づけたものだと干支の手ぬぐいがあって、2017年だったので酉年に合わせて鳥の絵だったんだけど、止り木の形が丁の字だったんだよね。で、あれもしかしてと思って調べたらその年の干支は丁酉。
なるほど、単に十二支ではなくひのともかけてあったのねって感心したんだけど、これは干支と十二支を混同してない、覚えてはないけど干支というものがあってその中に丁の字があるって知ってたからたどり着けた。
多分、そういう少しも知らないとたどり着けない図案の意味なんてのはいくらでもあるしどこにヒントが有るかなんてのもわからないので、すこしでもそういうの拾えるようになったらいいな、と思ってる。

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