【Yoっと】いまの想いの丈をぶつけてみた。
この想いをどこにぶつけたら良いのか分からないので、とりあえずココに書くことにする。
「ヨットが欲しい」「ヨットに住みたい」「ヨットに乗りたい」
最近、僕の中のヨット熱が急激の沸騰しつつある。
これだけ家に長い間籠もっていたら無理もない。
いつも考えごとをすると、ついクセで理由やその背景など考えてしまい、なかなか真っ直ぐ素直に物事をみれないことがよくある。
でも、こと今回のヨットへの熱量は、ぶっちゃけ理屈なんてなにもない。
前回の記事でも「なぜ、ヨットなのか?」などと語ってはみたものの、結局、それは後付けの話でしかない。
ちょっと僕の過去のことについて書こう。
ジャニーズにハマる女友達や地下アイドルやお笑いにハマる男友達…
そんな彼らを僕は時々(いつもではないw)羨ましいとおもったことがあった。というか、今だっておそらく僕の中のどこかでそうおもっている。
なぜかって?- 没頭できる何かがあるっていうことが無性に素晴らしいことだとおもったから。
彼らのように、時間もお金も労力も、全てを注ぎ込んで熱中できるなにかが自分にも欲しいとおもった。
昔から、興味があることはたくさんあったし、それらをやってみて“好き”になることも少なくなかった。
でも、それが、彼らのような熱中度合いかと聞かれたらそうではなかった。それらは好きではあっても、生活の中の一部に過ぎず、他のこととバランスを取っていた気がする。
いつだったか、その“夢中になれる何か”は、彼らのような趣味でなくてもいいじゃないか、とおもったこともあった。- たしかにその通りだ。
そして、周りを見渡したら、「将来は、医者になりたい」という夢に向かって学生時代から学業を必死に頑張る同級生や、部活動一筋でとにかく「上手くなりたい、強くなりたい」とプロスポーツ選手を目指すギラギラした友達たちがいた。
では、自分もそういう将来の夢と職業とかを語り目指したかというと、そういうわけでもなかった。(今でもそれが悪いとはおもってはいない。)
さて、話を戻そう。
なぜ、こんなことを書いたか?- 僕にとってヨットがそういう存在になり得るのではと少しだけおもっているから。
でも、おそらく今のような発言をしているあたり、彼らの次元とは同じではないだろうな…。
これまで、僕はわりといつだってバランスをとりながら生きてきた。「学業とスポーツ」とか、(留学した時の)自分の精神の健康とか、色んなことのバランスだ。自分なりにバランスをとっていたまでで、他人からみたり「結果」という側面でみたりしたらバランスがとれていたとはいえないのかもしれない。
そして、僕が今まで保ってきたヨットとの距離感という名のバランスを崩したいとおもっている。
それは言い方を変えれば、ヨットに対して時間やお金、労力を無制限に掛けたいということだ。
そして、最初のあのメッセージに戻ってくる。
いま僕は、無性に
「ヨットが欲しいし、ヨットに住みたいし、ヨットに乗りたい」
終
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