ヤニス・リッツォス『タナグラ人形』訳
Γιάννης Ρίτσοςの『Ταναγραίες』 (1984) の訳
陶芸家
ある日、小さな水差し、植木鉢、小さな土鍋
を造り終えた。粘度が少し
余った。女をひとつ造った。乳房は大きく
立った女。家に遅く帰った。
妻が文句を言った。口答えしなかった。
次の日、
もっと多くの粘度を残し、もう一体の女を造った。
家に帰らなかった。妻は別れた。
目は燃えていた。半裸だった。お腹に
赤いバンドをしていた。
一晩中、粘土の女と寝転んでいた。
夜明けに
便所の裏で歌っているのが
聞かれる。
赤いバンドを外した。裸になった。神の様に
真っ裸。周りには、
空の小さな水差し、空の小さな土鍋、空の
植木鉢、
それに、うつくしい、盲目の、聾の女たち、
乳房をかじられている。
救済法
夜。大変な時化。一人ぼっちの女は
階段を波が上がってくるのを聞く。波が
二階まで来るのでは、ランプを消すのでは
マッチをずぶ濡れに
ベッドに忍び込むのでは、と不安になる。
そして、
海の中のランプは、どうも、溺れた男の
頭の上に灯った
たったひとつだけの黄色い閃きの様だ。その光が女を救ける。
女は波が退いていくのを聞く。と、
テーブルの上に
ランプを見つけた。……、ランプのガラスは塩で
少し曇っている様だ。
海のもの
器用で、堂々としていて、端正で、頑丈なナイフで
埠頭で大きな魚を細切れにして、ーーー
尻尾と剣の様な吻は海へ捨てた。
板子の上を血が流れて輝く。
彼の両足、彼の両手は赤い。
一人の女がもう一人の女に言った、「彼の
赤いナイフ、、彼の黒い目になんてぴったり、、」
赤、黒、赤。ずっと上の
小径で、
太古の黒い秤の載せて、漁師の子供たちが
魚を、石炭を測っている。
夜の儀礼
雄鶏一羽、鳩一羽、雄山羊一頭を屠った。彼らは
血で
顔、首、肩を塗った。そのうちの
一人が
壁に向くとと自分の性器に塗った。すると、
角にいた白いベールを被った女が三人
自分たちが屠られるかの様に悲鳴を上げた。彼女
たちのお腹の上には、
血で描かれた長い一本の罫線が見えた。男たちは、
何も聞こえないかの様に、何も見えないかの様に、
床に
チョークで、蜷局を解かれた蛇と太古の矢を描く。
外から
街中で熱狂的に鳴る太鼓が聞こえた。
猟師
明日朝早く私を起こしてくれ。庭の犬に私は
餌をやった。
壁の釘に猟銃を掛けてある。パン、
薬莢
は背嚢にしまってある。お前の両手と
月は
外に置いたままだ。お前も知っているだろう、鳥たち、
そう、お前が殺して側に、地面に、持ってきているあれだ、
あの鳥たちの色には
魅了させられる、ほんとうに、ものすごく。もうさえずりはない。
まだ
そこにあるのに。それで、お前は自分の手が殺しが好きだ
と分かったのだな。
顔あるいは面?
「私は石にこの像を彫った、」、
彼は言った、
「金槌は使わない。このままの目と、このままの
指と、
このままの胴と、このままの唇で彫ったんだ。その
今となっては、
どちらが私で、どちらが像なのか、分からない。」
後ろの方へ隠れた。
不格好な、不格好な。--- それを抱えて、お腹で
持ち上げて、
そうして、一緒に歩いた。
それから、彼は、この像は
(実際、よく出来ている)、まるで自分だと言うだろう。
あるいは、その上、
この像は自分で歩くとも言うだろう。誰が
彼を信じるだろうか?
一人の人間
彼は、百姓たちと、漁師たちと、羊飼たちと喋った。
やさしい
純真な人に見えた。わたしたちの、ぶどうのこと、
はたけのこと、
たばこのこと、水のことを心配していた。ある日の午後、
わたしたちが散歩していると、ある井戸の前で
急に立ち止まった。
「水がある、ない?」と彼は尋ねた。と、かがみ込んで
何時間も中を見つめた。わたしたちは何も見えないと
思っていたけど、
後になって、彼は水を見ていたと分かった。それは、彼の
手と顔に
きらきらするする被膜があったから(たぶん、水の
照り返し)その様子はまるで、
一枚のガラスの後ろに古い色あせた絵がいく枚かある様、
ずっと昔の絵が、品のいい絵が、気持ちが安らぐ絵が、見たことのない絵が。
投獄されている男
窓を開けると毎回、向かいの
家の
窓から、長い見知らない鏡の中に、
見知らない部屋にいる自分自身を見る、その様子、
まるで、何かを隠そうとこっそり入るかの様。耐えられない
あなたが
少しの風も少しの陽も取れないのが、、、ちっともだ。ある日
石を一つ取って、狙いをつけて、投げた。物音で
隣の住人が窓に姿を現した。言った、
「主よ、
感謝します、
私の鏡の中に自分を見ていると、
主ご自身が
背後からこっそりと私をご覧になってるからです。耐えられません。」
もうひとりは、
自分の場所、中へ帰った。そこは、
鏡の中、
隣人が、歯にナイフをくわえて真向かいに
立っている。
隻腕の男
太古の陶製のランプが墓穴の横に
横たわっている。
それから、壺のようなもの、石の像、
そのむこうに
陶製の片手。馬に乗った村の男が、
通りかかったのだ、
はたと止まり、言った。「それは
私の片手です、
山でなくしたのです。」、と頭で下を指した。
手を取り上げ、男の腕の位置に当てた。まさに
その手で
馬の尻を一回打つと、男と馬は
ブドウも生えている
草原の向こうへ見えなくなった、と、数件の家が
煙を上げた。
曲芸
両手を床に置いた。逆立ちして
立った。楽そうだし、
きれいにまっすぐ、驚いたことに、さらに、
歩いた、それでどうも、
昔はそうしていたよう、今は反対なのだけど。
そうするうちに、穴がひとつ開いた
そして、彼をまるごと飲み込んだ。私たちは困った。
その時、戸が叩かれた。
私たちは不安でおろおろした。きっと、殺人罪で
逮捕される。戸を開けた。
彼だった、右手にはカゴを持ってた、
オレンジが入っていた。
時間
時間とともに、君は慣れる。髭はもっと早く
伸びる。
夜も同じ。食堂の古い
扉を
一ヶ月前、青く塗っていた、…… なんだか
目立つ青で、
家の他の部分とはまるで
つりあわない。安物のペンキは
見せかけの若さの匂いがする。……、二三日で、色が抜けてしまう。
ただ、
床におちた青いペンキのシミ
だけが
大空がカラカラに乾いてパン屑になった様に見えて、
それを
曲がったクチバシの、がらんどうの、灰色の、なんだか分からない鳥が、
まるごと食べた。
石を投げつけられる手品師
美しい男だ。……、肌は陽に焼けて、
髪は真っ黒、
瞳には悲しさと抜け目のなさとがある、
それは、観客と彼自身との
たっぷりの経験のためだ。タバコの
煙を高く吹き上げた
(くちびるはキスのかっこう)、……、金と青の
指輪が
宙に上がった。一つは転げ落ちた。それを一人の子供が
拾った。多色の
テープを口から出した、まるで、舌の
続きの様だった。一羽、
二羽、三羽目の鳩が帽子から。「もっ
と」と私たちは彼に叫んだ、
「本物の鳥を」、(ほんものみたいだった)。「もっと、もっと」。
そうしたら、その人は、
巧みで神妙な手振りで、まるで
無瑕疵の秘密をあかす様に、
一番下のばたんをはずした。びっくり仰天。
だんまり。そうしてすぐに、
石つぶての嵐が彼のまわりでピューピューと鳴って、
降りかかった。
扉の前
また誰もいない知らない人の家の
扉の前に立った。
扉は薄暗い、いつもそう、ほとんど真っ黒。
その上に
何のしるしも、…、数字も頭文字もない。もし、
ベルを叩いたとしても
中で、長い木の階段で、あるいは、
去年の
七月の吐いた息で曇った廊下の
鏡で、
鳴り響くのかどうかわからない。ずっとためらっていた。 とうとう
ベルを鳴らした。
お手伝いの女の子が出て来て、「だんな様、
傘をお忘れです」と言って、
見たこともない様な黄色い傘を手渡した。
その傘を開いた、
傘の下に隠れて静かに遠ざかった、一方、
彼の背後では、
敷居の上のお手伝いの女の子は、だらしなく
笑い、
両てのひらで肥えた腹をたたいた。
魔法の絵
それがこれ、片方の目。これ、片方の手。それがそこに、
袋。
片方のサンダルがだます、…、空だ、足が
ない。
庭師は東屋で寝ている。庭師のシャツが、
ほら、
樹に打たれた釘にぶらさがってる。あの
連なりは
噴水から出た弓。輝いている。水
飲み場で
鳥が水浴びをしている。この部分だけ、
たとえ
そこを回して向きを変えても、何も示していない。それより
なにより、
そこが私の興味を引く、…何の拘束もなく、くろい、
そこはどこにも合わない。未完成。…、壁の
穴
あそこに戦争中、私たちは、フロリーノ金貨や5リラ紙幣や
貴金属、
持っていたとても貴重なもの、それと、死者の金歯を
隠してた。
思いもかけず
誰もが、仮面と紙の剣の後ろから
大きな声を出す、
あのカーニバルのある夜、彼は
ある大広間の隅に
引っ込んで、真っ白なシーツに全身を
隠していた。
それから、何人かの人がけが人を運んで来て、テーブル
の上に寝かせた。彼は、
シーツを脱いで、けが人に掛けた。「
これは僕だ」と叫んで、
外科医を呼びに走って出て行った。
誰もが、
空気が減ってしまったかの様に、ひとりひとり
仮面を
外した、その間、けが人は微笑みながら、一匹の
蝿を鼻から追い出していた。
シーツの上には、赤い数字が五つ
書かれていた、9、45、63、72、81。
鏡に映すと
鏡の後ろの水銀は、もう、ところどころ抜け
落ちていた。
それだから、自分たちの顔をその鏡で見詰めると、
同時に、
洋服箪笥の中も見えしまう、…、それは、
母さんの
古い帽子から落ちた駝鳥のきれいな灰と青の
羽、
船乗りの刀、藤色のズボン吊り、ものすごく
古い
美人で魅惑的な女の帯か、そうでなければ、死者の
ずっと黒のままの背広から落ちた金ピカの留め金なのだ。
それらすべてを
顔の後ろだったり、顔の中
だったり、時には、
額のまん真ん中の仄暗い穴から見るのだ。
記録
夜、壁の後ろに二番目の壁が
聳え立つ。鹿たちは
泉の水を飲みに来ない。森に
いたまま。
月がある時、最初の壁が、それから
次の壁が、
それから三番目の壁が倒れる。野うさぎたちが降りてきて、
草原で草を喰む。
なにもかもが、…、雄牛の角もバルコニーの三体の遺体も、
なにもかもが、やわらかくぼんやりして銀色で、
月光の中にある、
そして、密閉されたひとつの旅行鞄が、川の上を、ひとつの旅行鞄だけで
旅している。
祝祭
お菓子、お盆、大皿、
グラス、
みんな知ってるすばらしい祝いの言葉を持って来て。なにはなくても、
あの大昔のとがった剣を忘れない様に。その剣を
テーブルのまん真ん中に刺して。それで、それから、みんなが
テーブルをまる一周
取り囲んで、それぞれ違う色の細紐で誰もが繋がれて、みんなで、
一晩中、まわってまわって踊るんだ。それで、
きっと、
(そんなことつゆ知らない)招待客たちよりも、
鍵穴から
覗いている三人の女中たちの方が、ずっと
楽しいのだ、…
たぶん、彼女たちがわたしたちみんなそれぞれに、しられないように
細紐を選んだのだろう。
共通の運命
テーブルの下に隠れて、そこに丁寧に
自分の名前を書いた。
「立派な大志だ、」、…、私たちはいつも言っていたのだが、…、
「そんな机の下なんて、誰が読むんだ?」
そして、ほら、数年後、彼の名前は人によく知られる様になった…、
傑出した人物と。
と言うのも、それからは、誰もが(それぞれが、同じ理由だったり
別の理由だったりはするのだけれど)
ひとりでテーブルの下に隠れたからだ。テーブルの
上には、
コップから、揃って乾杯する手の動きから反射する
弱々しい光。
言いようのない
冬には、太陽が出てくると、柵で風の当たらないところに
わたしたちは座ります。
それで、おしゃべりのじかんでした。わたしたちは言葉をみつけられませんでした。
真っ黒な雲が山の上から私たちを見つめていました。
地面に転がっている鋤の頭はほとんど
光りません。…
それは、答えではありません。ある夕べ、レフテリスは
彼の馬に飛び乗りました、そして、風の下でいなくなりました。幾晩も
幾晩も、
わたしたちはレフテリスの馬の岩に当たる蹄鉄の
音を聞きました。わたしたちは眠れずに起きてました…、
その音、もしかして言葉で、それも
わたしたちの言葉ではないのかもしれませんでした、
これまでわたしたちが話したことのない言葉なのかも。
ものを見る目
前庭で並んで、南京袋と籠が
待っていた。
計りは倉庫の中だった。倉庫は
鍵が掛かっていた。
鍵は、用務員が
妻の枕の下に忘れていた。妻は、
ベットを整えていたのだけれど(もう10時だった)、見つけて…
きたなくて、下手っぴに分厚い鍵だった。窓の側に
立って、
川に投げ捨てた。ちょっぴりの錆がまだシーツに
残っていた。
風土記
ほんの二、三日では、もう居なくなった様には見えなかったのです。ただ、
家がやや広くなって、
静かになっただけでした。朝の日差しの下、中庭に
彼のマットレスとベッドの
架台と敷板が出されました。お隣さんたちが
遣って来て、
マットレスで転げ回り、架台に乗り上がって…
ホップ、ホップ。老婆が出て来て、
干し葡萄を振る舞いました。架台とマットレスを取り込みました。
最後に敷板を
運んでいる時に、壁のずっと上に、まるで、
ハリストス様が自分が掛かる
十字架を運んでいる様な、自分の影を見たのです。「イィスウス・ハリストス様、」
ともごもご言いました、「お許しを」。側で、ロバが
振り返って老婆を見ました。「あなたに言ったのじゃないのよ」と、ロバに
言って、老婆は家の中に入りました。
ふたりの子供
年上の子が、人のいない畑に出たのと同じ具合に、
石の上の座り、
ポケットから盗んだくるみを取り出して、
割って、食べた。年下の子は
側に立って、じっと見ていた。年上の子を見ていた。
「ぼくは…、」と言った。
「きにのぼるのはしってるもん、ぬすむのは
しらないもん。」
屈んで、からを拾って、なんども砕いて、
ちいさなちいさな破片にして、それから、
それを泥でこねて、鷹を作った。言った、
「たかはさあ、
おやぎをさあ、よるにまるまるもちあげられるんだ。」
年上の子は、皮を剥いだ最後のくるみを
自分の口へ入れて、それで、言った。
「でも、それはほんものの鷹だよ。」
それで、自分のズボンの前を両手で
はたいた。そうしたら、
年下の子は、わっと泣き出して、くるみを
噛んだ。
カルロヴァシの惨事
部屋の中には石灰をかぶった死人がありました。その
頭の側に女が
立っていました。両手を組んでいました。
女は死人を知りません。
腕を組み直しました。もう一人の女が、
台所で
隠元豆をきれいにしてました。お湯が煮える
大きな音が
死人の部屋に流れ込んでいました。長男が
入って来ました。見回しました。
ゆっくりと帽子を脱ぎました。一人目の女が、
出来るだけ音を立てない様にして、
テーブルから卵の殻を拾い上げて、
自分のポケットに入れました。
白い馬
天候次第で、収穫は、…時に風だったり、
雨だったり、日照りだったりで、
時には良かったりする。くだもの、オリーブ油、ワイン
ジャガイモは長持ちする。
小さい畑では、パセリ、そら豆、たまねぎ、
セルリを。釣瓶の滑車が回る。
ある日、私たちは千も彫刻された白い石を見つけた。
泉に真っ直ぐ立てた。
美しかった。…、時々私たちは見惚れた。熱中してた、
雌牛も一緒に。
すると、カラミトロスが言った。「この、…、白い石が
なければ、
水は枯れてしまうだろう。」 すると、彼の馬が
立ち去って、草原で霧散した。
風の所為だ。どうしてなのか、私たちは知っている。彼の
馬は白い馬だからだ。
雨ばかりの旅行
旅行の間ずっと雨でした。列車は、
すごく古くて、ひどく揺れていたのですが、
それはまるで今にも壊れそうな箱そのものでした(今でも
憶えています)。着くと、
小さな駅にはその列車だけでした。夜明けでした。 一閃の
青銅の光が
無精髭の番人の顔に当たっていました。それから、
樹に繋がれた
ずぶ濡れの雌牛に当たりました。それから、藁が敷かれた
空っぽの大きな
見捨てられたサーカスの錆び付いた檻にのある
黄色い空き地に。
ある何だか分からない病気が、子供たちと動物とを
一掃していたのです。
油絵の題材
三日目に、私たちは部屋を開けた、だが、
何も見つけられなかった。
すべてが完璧に片付けられて、閑静で、誰ひとり入ってなかった。
ただ、
古い肘掛け椅子の紫色の
ビロードに数滴の蝋の滴。それから、
音のしない中、
音楽の本と林檎の入った果物籠の
隣に、
とても高い銀の燭台…、 忘れられた
三叉矛…。
安物の首飾り
彼女の首の周りにじゃらじゃらと連なった色付きの
ビーズは、
彼女の肉体の衰えと肌のたるみを
隠しもしないどころか、
目立たせていました。それはわざと
されたのです。ガラスの首飾りで
彼女の最後の矜恃
を強調すると言うことなのです。
分かっているのです、微笑んでいます、平気なのです。立ち上がると
同時に、
彼女は手袋を落としました。私たちの中の誰一人、屈んで
取って上げませんでした。
すると、白くて少し黄味掛かった、その手袋をそこに、
床に残したまま、出て行きました。
手袋は、まるで、さっき私たちが羽を毟った、
二羽の裸の小鳥の様でした。
印し
ある日、彼はわたしたちに何か重大なこと(でも、一体どんな重大な?)
を証明しようとして、
壁に、ぼんやりとした形に縦に伸びている雨の滲みを
指して、
そのぼやけた長方形は絵画を思わせると言った。
屋根は、
そこで何年も雨漏りしている。それを気にして
修繕することもないまま。
けれども、滲みは正面に出てきた(それを彼はわたしたちに見せたのだ)。
静寂が部屋を大きく見せている。日が暮れて行く。壁
の面々が
白っぽい栗色に、直ぐにオレンジ色に、そして、三つの鮮やかな
赤い点に変わった。
彼は椅子に上がると、小刀で赤い点を
剥ぎ取った。
黄色い粉が彼の両眉に落ちた。一瞬で
彼は老人になった。
古家
何年も人が住んでない家です。新婚夫婦が
この家を借りることになって、
家具を入れる前に、家に入って部屋に
空気を通しました。木製の階段、
彫刻がたくさん施された手摺、クロゼット、廊下と
空っぽの中に木霊が聞こえます。
壁には、掛けられた古い油絵の
陰鬱なピスタチオの色、
黒っぽい色が大きな四角形に見えています。上の、
細長い広間には、
埃だらけの深紫のカーテンが引いてありました。
二人は開けました。奥にあったのは:
石膏の像が一体、それと、大きな鳥の
骨格標本。妻が
一声悲鳴を上げて倒れました。夫は
進み出ると、
像の口へ鍵を差し込みました。
ガチャン
無頓着な男が、天晴れで底の底まで
身体を気遣うことなく、
(おそらく、大昔の恐れはこれっぽちもない)、
裸足で、
ジプシーの鋳掛屋の様に、修道士の様に、故郷のない者の様に、
彼が原料にしている水と土で、外の
庭で、
古い銅製品を鍍金する。フライパン、摺鉢、銅鍋。で、
それから、
火照って、上半身裸で、とびきりに美しい彼は、
両手に
逆さまに大きな新品の様に磨かれたフライパンを抱えると、
私たちの目に
太陽の反射光を投げ掛けた。私たちが
笑い声を
発する間もなく、彼は、私たちを凍りつかさせた、なにより、
彼の笑い、
それから、歯と筋肉からの照り返しを
輝かせて、
頭の上でフライパンをタンバリンの様に打ちながら、
踊りに興じ始めたから。
サモス島カルロヴァシにて、1967年1月
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