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【おすすめ本の紹介】『プロジェクトぴあの』(山本弘)

山本弘というSF作家が好きでした。特にト学会的なトンデモ現象に造形が深く、突飛な設定なのに理論武装された説得力の強い、大好きな作家です。『神は沈黙せず』は、父と読みました。

そんな山本弘ですが、ある本を書店で手にとったときにあらすじにこんなことが書かれていました。

(脳梗塞を患い)リハビリを受けてもいっこうに良くなる気配はなく、二桁の足し算すらろくにできない。『プロジェクトぴあの』のような高度な数学を駆使する作品は二度と書けないのです。だからこれは「ハードSF作家・山本弘」の遺書だと考えてください。

正直、『プロジェクトぴあの』は、ボカロ小説だとかアイドル小説の色があったので読む気はなかったのですが、こんなことを書かれてしまっては読むしかありません。


ようこそ旧人類(うすのろ)ども。これは結城ぴあの――人類の恩人、科学の歌姫、最後のアイドル――の物語だ。男の娘の貴尾根すばるは、電子部品を買い漁っていた不思議な少女と知り合う。彼女の名は結城ぴあの、突然変異的な超天才だった! 閉塞したリアルを打ち破る、山本弘・ハードSFの最高到達点!

帯に、『この世界の片隅に』の片渕須直監督がコメントを寄せています。

子ども心に思い描いていた「未来」は、
宇宙へと、よその星系へまで繋がっていたはず。
そうした道を阻むのが当の物理学ならば、
そんな科学なんて覆せ。

――片渕須直(映画監督)

そう。これは宇宙に恋をした少女が、宇宙に行くための話。ただそれだけの話! そのための障害が費用であれ技術であれ物理法則であれ、ぶち壊していく話! 徹頭徹尾、この少女は狂っている。『人間じゃない』主人公はさまざまな登場人物からそう言われます。

人間をこの太陽系に縛り付けている諸法則。特に相対性理論(有限質量での光速度の禁止)と、熱力学第二法則(永久機関の禁止)。宇宙に行くという夢のためだけに、少女はこれを破りに行きます。もちろん物理学の俎上に乗った上での話ですから、その堅牢性は自身も理解しているのですが。

プランク定数がゼロ!

現代のSF小説でこんな一行を見るとは思いませんでした。わくわくする。タキオン(光速度以上でしか移動できない粒子←相対性理論が禁止しているのは、光速度での移動)と、我々の世界、それぞれの物理法則は、ある大本の物理法則の写像でしかないというのです。そこから見れば、量子力学の不可解な現象は見せかけのちからによって生じていたもので、なんやかんやプランク定数がゼロ!

(えみる)山田の提唱していた『プランク定数改変ダイエット』が実ったわけだ。
(山田)ええ、2018年に行われたキログラムの定義の変更で『キログラム原器すり替えダイエット』が不可能になったときはどうしようかと思いましたが。

キログラム (kg) は質量の単位である。その大きさは、単位 J·s (kg·m2·s−1 に等しい) による表現で、プランク定数 h の数値を 6.62607015×10−34 と定めることによって設定される。ここで、メートルと秒は c と ΔνCs を用いて定義されたものである。

これにより、タキオン領域に手を伸ばした主人公は、タキオンドライブの開発に着手します。すべての非タキオンは過去に向かってタキオン(光速度以上でしか動けないので、時間軸が逆)を放出していて、それに偏向をかけることで動力とする。

負のエネルギーを持つタキオンを放出して生のエネルギーを得るため、エネルギー保存則を破ることはないし、ロケット全体の粒子が同様に加速されるのでパイロットは加速によるGを感じない。

そして任意の方向に任意の加速ができるので、さながらドローンのように宇宙を移動できる代物です。宇宙船が音速以下で大気圏突入する場面なんてはじめて見ました。たしかにそれなら断熱圧縮がじゅうぶんに小さい。

あとこれは、ほんとうに科学としてそうなのか、山本弘にうまく巻かれているのは知りませんが、なるほどと思ったところ。テレビのコメンテーターが科学的に誤った(直感的には正しいように思える)ことを言うシーンなのです。『相対性理論によれば、タキオンの質量は虚数、そんな物体を想像できますか?』、山田もそう思います。思ってました。

それにに対して、『静止質量が実数である物体を光速度を超えるまで加速したら、その質量は虚数になる』というだけで、そもそも光速より遅く出来ないタキオンの静止質量を論ずることが無意味と書かれていました。

タキオンのエネルギーと運動量は測定可能な物理量なので実数であることが期待されるが、上の性質を持つならば、その静止質量および固有時は虚数となる。

ソースはwikiですが、タキオンがタキオンらしく振る舞っている時の物理量が実数なのは注意しておかないといけませんね。ここまでのSFは書けませんが、タキオンは小道具としては扱いやすいものなので、ちょっと調べて思考を整理しておこうと思いました。


山本弘のいいところは、ここから世論や資金集め、世界情勢と絡んでいくところです。ぴあのの理屈は完成しても、それに対する障害が幾重にもある。大学教授が論文にまとめるのですが、特許の関係で揉める揉める。

そんな中で熱力学第二法則も破れました。
永久機関の完成です。

水分子のブラウン運動を利用して、特定方向に当たるエネルギーを取り出し、それを増幅させる回路。まともに発表しても取り合えってもらえないうえに、日本では『物理法則に反する』特許を取得できないので、ここでも一揉めありますが。ぼくも熱力学第二法則破れてます、なんて言われたら疑いの目で見てしまいます。

山田はこれを読んだときにめちゃくちゃ納得をしてしまったのですが、解説を読む限り、界隈では有名な思考実験だったようです。ご冗談でしょう!?

少年時代より変わらぬ,あくなき探求心といたずらっ気….20世紀を代表する物理学者が,奇想天外な話題に満ちた自らの人生をユーモアたっぷりに語る.ノーベル賞受賞をめぐる顛末,また初来日の時の“こだわり”など,愉快なエピソードのなかに,とらわれぬ発想と科学への真摯な情熱を伝える好読物.

下巻の最終章を昨夜読んだのですが、ほんとうにこの少女は徹頭徹尾狂ってる。素晴らしい。そうでもなければ、量子力学と相対性理論の統合なんてできなかっただろうし、熱力学第二法則も破れることはなかったでしょうし、彼女の夢も叶うことはなかったでしょう。

「だったらボクも行く。いっしょに乗せていってくれ」
「(だめですよ。乗員が二人になったら)到達可能な距離はたった6.8光年です。シリウスにさえ行けないじゃないですか。せいぜいバーナード星までですよ。あんな暗い星、見てどうしようっていうんですか?」笑ってかぶりを振る。「お話になりませんね」

そんな小説です。理系的な説得力のあるトンデモ展開、非常に山本弘らしい! 遺作。これをもう読めないのは残念ではありますが、とても素晴らしいものを読めたと思っています。

やっぱりSFはいい!!!

ようこそ旧人類(うすのろ)ども。これは結城ぴあの――人類の恩人、科学の歌姫、最後のアイドル――の物語だ。男の娘の貴尾根すばるは、電子部品を買い漁っていた不思議な少女と知り合う。彼女の名は結城ぴあの、突然変異的な超天才だった! 閉塞したリアルを打ち破る、山本弘・ハードSFの最高到達点!

ちなみにこのお話は、別の小説の前日譚という話を聞きました。これ。レビューを見る限り、やっぱりここでも山本弘節が炸裂しているようです。

西暦2083年、超光速粒子(タキオン)推進によるピアノ・ドライブを実用化した人類は、新しく発見された謎の天体2075Aの調査のため、深宇宙探査船を派遣した。船長・ブレイドたちの観測によって、この星は24年後に地球に迫り壊滅的な被害をもたらすことが判明する。多くの対策案が提唱されるなか、天体物理学者の風祭良輔は、娘・魅波と息子・沙亜羅の会話をヒントに、驚くべき地球救済の計画を発案する……著者入魂の本格長篇宇宙SF!

レビューを読む限り、タイトルどおり地球を移動させる作戦らしいです。……『本土決戦用特別攻撃最終質量兵器 地球』!!!

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(えみる)あるいは無限のリヴァイアスの『そして、いつか、あるとき』。

いま読んでる本はこれ!

ワセダ大学で小説作法を教授している芥川賞作家・三田誠広が、小説家をめざすあなたに小説の書き方をいちから伝授する。小説とおとぎ話の区別から説き起し、書き方の基礎の基礎を押さえ具体的な注意事項を与えた末に、小説がスラスラ書ける黄金の秘訣まで授ける。文芸誌の新人賞作家を輩出したこの「講義録」を読んで、あなたもすぐにペンを執ろう。シリーズ第1弾。

前回の記事はこちら!

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