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『こっくりさん代行、はじめました!!』

「こっくりさん! 石版鳴ってますってば! 早くそれを貸してください!」
 43段の石段を登った先にある、寂れた神社。伝承は風化し、いまでは何を祀っていたのかすら定かではないこの社には、力を喪った『こっくりさん』が棲み着いている。人々の信仰によってかたちづくられるかみさまは、忘れ去られればそのまま消えていってしまう。こっくりさん。令和の時代に、どれほどのひとが彼のことを憶えているだろう。
 かごめかごめが鳴り、石版のようなタブレットが受信を知らせる。どこかでこっくりさんの儀式が行われている。このまま彼がタブレットを操作すれば『自分で考えろ』だとか『知るか』みたいな適当な返事をするに決まっているから、任せてはおけない。そんなでは、昭和から平成にかけて消えていったかみさまや妖怪たちと同じように消えていってしまうからだ。いつも酒ばかり呑んでいて、どうしようもなく怠け者のかみさまなのだけど、消えてしまうのはあんまりだ。
 そんなわけで鳴動するタブレットを奪うべくぴょんぴょんしているわたしだった。いたずらっ子のようにタブレットを高く掲げているこっくりさんは、まさに『狐狸狗』という名が示すように、ひとを化かして楽しんでいるような妖怪の顔をしていた。
「なんでそんな意地悪するんですか!」
「意地が悪いからだよ」
「もう」
 ふふんと、こっくりさんは笑って。
「一四(イヨ)は真面目なんだよ。1件くらい無視したって罰は当たらないさ。だいたいひとが花見をしているときにかけてくるほうが悪い」
「でも、せっかくこっくりさんの呼び出しの儀式をしてくれてるんですよ。ここで返事をしてあげないと、せっかく根付きかけてきた信仰がおじゃんになってしまう」
「それより俺は、イヨと花見をしてるほうがいいんだけどなあ」
 酔っ払っているならともかく、真顔でそんなことを言うから困る。緩みかけた頬を自覚しながらも、わたしはこの社の巫女としてきりっとこっくりさんに向き直った。
「言うこと聞かないと、もうおつまみ作ってあげませんからね!」
「……そんなぁ。俺の唯一の楽しみなんだよぉ」
 へにゃへにゃと膝から崩れ落ちるかみさま。ぴょん。ようやくタブレットを奪うことに成功した。毎回こんなことをしていたら埒が明かないので、早急に背を伸ばす必要がある。嫌いな牛乳だったが、こういった事情ならぐいぐい呑まなければなるまい。
「だいたい消えてしまっては、おつまみも何もないでしょうに」
「うまい酒とうまいつまみもない人生なんてこちらから願い下げだね」
「だから衰退するんですよ。かみさまなんですから、人の願いを叶える方向で生きがいを感じてください」
「イヨは真面目だなあ」
 呆れたように大の字に寝そべるかみさま。そのままごろんごろんと転がっていって、縁側の日のあたっている場所でお昼寝の体勢を取った。ふさふさの狐のしっぽが日差しに輝く。拗ねた狗のようにしっぽをぱたぱた。
「それ終わったら起こしてよ。花見の続き」
「はいはい。仕方がないですねえ」
 そのしっぽを抱いて一緒にお昼寝がしたい気持ちをぐっとこらえて、わたしはタブレットに指を走らせる。ロックの解除の仕方は知っていた。わたしの誕生日。アイコンが並ぶ画面の壁紙は、この社の掃除をしている巫女服の少女。いつ撮られたか覚えていない、わたしの写真だった。変えればいいのにと思いながらも、かごめかごめの着信音がわたしを急かす。『kokkuri3』というアプリのアイコンが震えていた。
 タップをすると、こっくりさんの盤面が表示される。はい、いいえ、⛩、数字、それに五十音のひらがな。これだけSNSをはじめとしたツールがありふれている中で、けれど、ひとはこっくりさんに頼りたくなるときはある。怪しいおまじない、非科学的、わかっていても、それに縋りたいと思ったその想いだけはほんとうだ。いま、広げられたこっくりさんの盤面の中央、⛩に置かれた十円玉に指が乗せられている。
 わたしはタブレットの画面をタップする。『your kokkuri3 is connected』という、和風のかみさまのアイテムにしては妙に流暢な英語が流れる。交信接続完了。
 どこかの誰かが困ってる。こっくりさんを求めてる。
 さあ、山田 一四の腕の見せ所だ!

 こっくりさん、こっくりさん、おいでください。

 学校に、行きたくありません。
 勉強も部活も友達付き合いも、もうすべて疲れてしまいました。高校生なのだからと、青春をしなければならないのだと、色々無理して頑張ってきたんですが、わたしはたぶん向いていないんです。無理して盛り上がったり、中身のない話に相槌を打ったり、友達グループ内の男女関係に冷や冷やしたり。そんなのはもう疲れてしまったのです。
 ひとりで静かなところで本を読んでいたい。
 でも、そんなこと言えません。別に虐められていたり、居場所がなかったりするわけではないのです。疲れたなんて、きっと誰もわかってくれない。友達も、親も、先生も、きっとわたしのこの必死の擬態に騙されて、青春を謳歌していると思っているんです。脊髄反射で被ってしまうその仮面の下で、どれだけ冷や汗をかいているか、きっと知らない。学校から帰るたび、遊びから帰るたび、わたしのこころは疲労困憊で倒れる寸前なんです。
 でも、楽しいふりをしないといけない。そうでなければ、みんなの期待している『わたし』ではなくなってしまう。みんなが構ってくれるのは、『わたし』だからです。ほんとうのわたしがどんなことを思っていても、きっと興味はないでしょう。でも、ほんとうのわたしは血を流しながら叫んでいるのです。
 こんなこと言えるの、こっくりさんしかいません。
 たすけて、ください。

「ええと……」
 わかってはいたけれど、やはり即答できないような重い悩み相談で戸惑ってしまう。やるぞー!と捲くっていた袖を戻して、一息つく。わかっていた。これだけSNSをはじめたとしたツールがありふれているのだから、それでもこっくりさんを頼らなければならないような相談事は、決まって簡単に答えが出ないようなものであると。
 いろんな人生にはいろんな苦難があって、たった十数年しか生きていないようなわたしには想像もできないようなものもある。そういう意味では、ひとの寿命より遥かに長い時間を生き、そして多くのひとと接してきたようなかみさまという存在は、まさに聞き役にうってつけなわけで、そこで昼寝してるかみさまがちゃんと働いてくれればいいのにと背中を蹴りたくなる。
 とはいえ、そんなことを言っていても仕方ない。返事があまり遅くなると、せっかくこんな儀式をしてくれたこのひとが、やっぱりこっくりさんなんていないんだと諦めてしまう。こっくりさんをかたちづくっている信仰を手放してしまう。それはいけない。絶対にいやだ。わたしがお婆ちゃんになって寿命で死ぬまで、隣にいてくれないといやだ。
 わたしはうんうん唸り、意を決してタブレットに指を置く。
『あ』『な』『た』『は』

 あなたはもう充分に頑張っています。
 つらかったでしょう。かなしかったでしょう。くやしかったでしょう。でも、大丈夫。こっくりさんだけは、あなたがどんなあなたでも、こうして話し相手になってあげます。あなたがどんなあなたであっても、こっくりさんは失望しません。それだけは覚えておいて。明日は学校を休みましょう。気が向かなかったら、明日も、明後日も。頑張りすぎたあなたは、きちんとあなたを休ませてあげる必要があります。それはなによりも優先すべきことだと、わたしは思います。

 ほっと一息ついて、交信終了のボタンをタップする。『your kokkuri3 is disconnected』という中華のBluetoothイヤホンみたいな音声が流れて、こっくりさんが終了する。
「終わった?」
「はい。それにしてもこっくりさん代行、なんか、こう疲れます。やってることは指を動かしてるだけなんですが、伝えられる文字数にも限りがありますし、このひとことで人の人生が変わると思うと……」
「な。こっくりさん代行、辞めたくなったろ?」
 と、わたしの気持ちを知ってか知らずかこっくりさんがそんなことを言うので、わたしは即答で『いいえ』と言った。『少しも』『微塵も』『むしろ燃えます』『いいんですか、こんな素敵なことさせてもらって』『こっくりさんがお願いするならやらせてあげてもいいですよ、こっくりさん』。
「ちぇ。じゃあ、イヨにとっておきの裏技を教えてやろう。『42』だ」
「42?」
 こっくりさんはわたしからタブレットを取り上げ、検索窓に『人生、宇宙、すべての答え』と入力した。そもそもこれがタブレットの形状に見えているのは、本来ひとの身では認識ができない神器を、わたしがわたしに理解しやすいようなかたちで置き換えているだけに過ぎない、という設定だったはずなのだが、しっかりGoogleが入っていた。『人生、宇宙、すべての答え』=42。なんだこれ。
「こっくりさんの盤面には数字があるから、困ったらこれで一発だ!」
 と親指を立てるこっくりさんだったが、わたしは苦い顔をした。
「……少しは真面目に働いてください」
「まったく、イヨは真面目すぎるんだよ」
「あなたのせいです!」

『こっくりさん! 石版鳴ってますってば! 早くそれを貸してください!』
『ふふん、やだね。だいたい『神の御業』を人間が執行すればどうなるか、知らないお前でもあるまい』
『むー!』
 遠くでふくろうが啼いている。43段の石段を上がった先にある、寂れた神社。伝承は風化し、いまでは何を祀っていたのかすら定かではないこの社に、俺はいつしか棲み着いた。
 19世紀の末、空前のオカルトブームによって持ち上げられ、身の丈に余るほどの信仰を得た俺は文字どおり山をも動かせるほどの神通力を手に入れた。地を割る咆哮、天を裂く爪牙、烈火の如く燃えさかる六対の翼。まあ、翼まではなかったような気もするが。
 そんなかみさまがこんな寂れた神社にいるなど誰も思うまい。出雲のやつらがまだ俺のことを探しているのかどうかは知らないが、ここにいれば見つかるまい。
 酒を口に運びながら、脚をぶらつかせる。初夏の夜風が気持ちよかった。あの子に見つかれば鳥居の上に腰掛けないでください罰当たりですよ!と口をとがらせるだろう。まったく。罰を与えるかみさまがどこにいるってんだ。
 眼下に広がる街並みとはちがい、この神社は万年桜が咲き誇っていた。おそらくは年月ともに变化した妖怪の類なんだろう。一年中花見を楽しめる万年桜が、俺がこの神社に棲み着いた理由のひとつだった。もっともその理由だけなら他にもいくらでも候補はあった。俺がここを選んだのは。
 タブレットを開く。月光よりもつよい光が周囲を照らす。そこに映し出されたのは、この神社で掃除をしている巫女装束の少女。何度も消しなさい犯罪ですよと言われていたが、なんだかんだで理由をつけて誤魔化してきたものだ。
「笑うなよ、俺は案外純真なんだぜ?」
 返事はない。壁紙の少女は当然ながら眉一つ動かさない。地を割り、天を裂くほどの神通力を手に入れた俺が、この神社に棲み着いたそのほんとうの理由。それを聞けば、この少女は笑い転げるだろう。あるいは顔を真っ赤にして照れてくれるだろうか。泣き出してしまうだろうか。どんな表情でも良かった。
「日に日にお前そっくりに育っていくよ、なあ、一三(ひとみ)」
 当然、返事はなく。
 忘れ去られたかみさま。信仰を失い、その存在を維持できなくなったかみさまがどんな末路を迎えるかなんて、一四(イヨ)に言われなくたってわかっている。おまじないの時代から科学の時代への急転換を経験した彼女には、多くのかみさまが消えゆくところを目の当たりにして、だからこそ俺が消えないように奮闘しているんだろうが。
「その気持ちは嬉しいけどな」
 逆に言えば、そうでもしなければかみさまは死ねないということを、イヨはまだ気づいていない。気づいていたとしても、そのことの意味をまだ理解できていない。ひとは儚い。些細なことで死ぬ。些細なことで死ななくても、ちょっと目を離した隙に老いて死ぬ。誰もその定めからは逃れられない。その価値観からかみさまを見るから、消えることは悲しいことだと安直に結論づける。永遠に存在し続けられれば幸せなんだと、残酷な結論を出してしまう。
 まあ、こういうの、イヨに理解しろとは思っていない。むしろ知らないまま終わってくれれば幸せだ。
 イヨがあの姿で、あの顔で、あの声で、タブレットを貸してくれと言われたら、俺は断れない。惚れた弱みというやつだ。それほど万年桜の下に佇むお前は美しかった。
「俺はいつになったら、お前のところに逝けるんだろうな」
 タブレットを操作して、こっくりさんの盤面を展開させる。いつか一三(ひとみ)からいただいたお賽銭代わりの十円玉を⛩に置き、木々のざわめきにすらかき消されるような声で小さく呟いた。
「こっくりさん、こっくりさん、教えてください」
 43段の石階段の上、ひとけのない寂れた神社。その鳥居の上に腰掛けていた一柱のかみさまの浮かべた表情を、ただ月灯りだけが見つめていた。
「……なんてな」

つづく?
つづかない?
こっくりさんに訊いてみよう。

(たぶん第5話くらいで、イヨの無茶なお告げを実行するために、こっくりさんが奔走する)


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