感性の筋肉
昨日に引き続き、星野源のオールナイトニッポンを聴いて思ったことを書きたい。
はっとするような言葉は、ほかにもあった。
ー最近、説明が多いと感じることが多い。さっきの「豊か」にも通じるけど、それぞれが見て埋めていく作業を、もっと自分の同世代や若い人たちにもして欲しいし、そういう筋肉がつく世の中だったらいいのに。
ーそうそう、あのダンスを見て「感動した」と説明すれば、それになっちゃう。でも、そうじゃない情報が山ほど溢れてて、それをどう受け止めるかって、それぞれの人によって変わるじゃない。そういうものを見続けることによって筋肉がついてくる。
私はいつも自分のことで手一杯で、さらにタチの悪いことに、他人のなにがしに興味がない。
誰かが「これ良かった」ってリツイートする動画やネット記事、オススメされたお店やご飯の食べ方、“試してみる”というのが億劫で、自分の時間を無駄にするのが怖くて(大して生産的な時間も送ってないくせに)、結局はやらない。
いつも、いつも通りの私でいる。
そして、それがいまの自分には良くないのだということもわかっている。その上で動けない、怖い、面倒くさい。
でも、本当に最近は良くないのだ。体も心も沈んだまま。時間さえ解決しない。
恐らくまずは、感性の筋肉なのだろう。誰かの好きなもの、オススメしてくれるもの、食わず嫌いせずにいろいろなものに触れる必要が、いまはある。
(ちなみに今日、夕焼け空を見て思わず「綺麗」と言えた。少しは鍛わっているのかもしれない。)
ありがとうございます。大好きなスタバ(ガソリン)に使います。