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長編が書けない人のつまずきを探る

「長編が書けない」
「長編になるはずなのに文字数が増えない」
 という悩みをたまに耳にします。長編スキーである私としては、書きたいのに書けないと困っている方がいるのなら少しでも力になりたい。
(あわよくば私好みの長編が増えればいい)
 そんな気持ちから、長編が書けない悩みについて考察してみました。素人物書きを○○年続けている人間ですが、試行錯誤の中からよくあるつまずきポイントはうっすら見えてきた気がしています。
 深く考えなくともできてしまう方には不要な話かと思います。
 でもほら、そこは教えられずに逆上がりができる人と、そうでない人の差のようなものですから。乗り越える気づきになればと思い、まとめてみました。

問題1 そもそも長くなる物語ではない

 こういう場合もあるかと思います。たとえば誰かが誰かに告白するようなワンシーンで終わる話を長編にすることは、まず不可能です。少なくとも、これから長編に挑戦しようという人がこれを目指すのはやめておいた方がよいと思います。
 長編にするには「登場人物を増やす」「舞台を広くする」「長い時間を経過させる」のいずれかの要素(場合によっては全部)が必要ですし、これが単純な解決策です。
 人が増えれば会話が増える。それぞれの行動も増える。シーンも増えるので長くなる。
 舞台が部屋の中だけよりは、学校、町、国、星……というように、登場人物があちこち移動すればするだけ、その分話は長くなります。
 また、たとえ登場人物が少なくても、ある一人の人物の生い立ちを追い続けたら長くなります。

 短い話を作りたいなら、逆のことをすればよいのです。


問題2 描写の濃さが足りない場合

 つまずきの一つとして多いのはこちらの方かなと思います。
 ストーリーは浮かんだ。長くなりそうなのに、思ったよりも文字数が増えなかった。
 この場合は、おそらく描写が不足しています。

 描写の濃さとは?
 と思われる方がいるかもしれません。漫画やイラストの描き込み具合と同じ、と説明すればイメージしやすいかもしれません。どのくらい描き込むのかは、書き手に委ねられています。
 描写も、情景描写、心理描写……と色々あります。(日本では古来から情景描写で心情を表現する、というテクニックがよく用いられると言いますが、まずは単純に描写する内容だけで考えます)

 これだけだとわかりにくいので、拙い文で申し訳ありませんが例を挙げてみましょう。


 雨が降り出したので、僕は本屋に駆け込んだ。


 この一文が悪いわけではないのですが、これは描写というよりは説明です。ここに情景描写を足してみましょう。


 俯きながら足を進めていると、アスファルトに黒い染みが生まれるのが見えた。顔を上げた僕の額に、冷たい滴が一つ落ちる。雨だ。いつの間にか空が灰色の雲に覆われている。さらに大きな水滴が頬を叩いたので、僕は通り過ぎたばかりの本屋へと踵を返した。


 先ほどよりは少し詳しく風景が見えるようになりましたね。動きを細かくする。視線を動かしたなら、その先のことも描写する。感触、匂い、音も付け加えてみる。要素を増やせば増やすほど、描写は濃くなります。
 もちろん、もっと描き込むこともできます。どの程度の濃さにするのかが、描写の濃さの調整です。


 僕は俯きながら足を進める。薄汚れたスニーカーが今にも壊れそうな音を立てている。そのつま先を睨み付けていると、アスファルトに黒い染みが生まれるのが見えた。顔を上げた僕の額に、冷たい滴が一つ落ちる。雨の匂いが広がった。今朝の晴天が嘘のように、いつの間にか空が分厚い灰色の雲に覆われている。その下を、名も知らぬ鳥が鳴きながら飛んでいった。瞬きをすると、さらに大きな水滴が頬を叩く。立ち止まった僕は振り返った。通り過ぎたばかりの本屋の軒先には、誰もいない。大きなガラスの向こう側にも人影はなかった。僕は踵を返し、そこを目指した。


 さらに濃くなりました。ではここに心理描写を加えてみましょう。


 今日は最悪だった。僕は俯きながら足を進める。薄汚れたスニーカーが今にも壊れそうな音を立てている。いらなくなったものばかり押しつけられる僕は、どこにいてもそういう存在だ。つま先を睨み付けていると、アスファルトに黒い染みが生まれるのが見えた。顔を上げた僕の額に、冷たい滴が一つ落ちる。雨の匂いが広がった。今朝の晴天が嘘のように、いつの間にか空が分厚い灰色の雲に覆われている。その下を、名も知らぬ鳥が鳴きながら飛んでいった。天気予報ではそんなこと言ってなかったのに、ついてない。瞬きをすると、さらに大きな水滴が頬を叩く。立ち止まった僕は振り返った。ずぶ濡れで帰ると何を言われたものかわからない。幸いにも通り過ぎたばかりの本屋の軒先には、誰もいなかった。大きなガラスの向こう側にも人影はなかった。家に帰らなくてもいい理由ができて、少しだけ体が軽くなる。僕は踵を返し、そこを目指した。


 だいぶ長くなりましたね。では次におまけで、ここに設定をさりげなく挿入してみましょうか。ファンタジー、SFなどの特殊な世界を描く場合は、ここも大事なポイントです。


 今日は最悪だった。僕は俯きながら足を進める。薄汚れたスニーカーが今にも壊れそうな音を立てている。先日ニュースで流れていた、壊れたアンドロイドの断末魔みたいだ。いらなくなったものばかり押しつけられる僕は、どこにいてもそういう存在だ。つま先を睨み付けていると、アスファルトに黒い染みが生まれるのが見えた。顔を上げた僕の額に、冷たい滴が一つ落ちる。雨の匂いが広がった。今朝の晴天が嘘のように、いつの間にか空が分厚い灰色の雲に覆われている。その下を、名も知らぬ鳥が鳴きながら飛んでいった。天気予報ではそんなこと言ってなかったのに、ついてない。このところAIのストライキが増えているせいか、こういうことが多くなった。瞬きをすると、さらに大きな水滴が頬を叩く。立ち止まった僕は振り返った。ずぶ濡れで帰ると何を言われたものかわからない。水はどんな機械にも大敵だ。幸いにも通り過ぎたばかりの本屋の軒先には、誰もいなかった。大きなガラスの向こう側にも人影はなかった。家に帰らなくてもいい理由ができて、少しだけ体が軽くなる。僕は踵を返し、そこを目指した。


 突然SFや近未来の匂いがしてきましたね? もちろん、もっともっと設定を織り込んでいくこともできます。
「いらなくなったものばかり押しつけられる僕は、どこにいてもそういう存在だ」の後に、回想として過去のエピソードを挟むこともできます。
「壊れたアンドロイドの断末魔みたいだ」の後に、ニュースの映像を具体的に書き記すこともできます。
 描写は流れが大事なので、流れに逆らわない要素であれば、こうして挿入していくことができます。

 では、「雨が降り出したので、僕は本屋に駆け込んだ」は悪いのでしょうか? そんなことはないと思います。
 雨が降ってきたことに気づき、本屋に駆け込むというシーンが大事かどうか。その判断は書き手に委ねられています。
 描写を描き込めば描き込むほど、読み手の中の時間は止まります。ストーリーが動き出すのを待っている読み手の中には、じれったくて投げ出してしまう人もいるかもしれません。
 本屋の中で重要なシーンが始まるなら、「雨が降り出したので、僕は本屋に駆け込んだ」ですまして、その後の本屋の中の描写を濃くした方がよいかもしれません。いや、いっそ本屋のシーンから始めてもよいかもしれません。


 それは次の「字数制限にあわせる」「短くまとめる」という話の中でまた語ってみますね。

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