中島夏樹 「ピクセル」
画像を音に変換する
ーー山根:中島さんとは仕事で一度ご一緒して、センスに私がすごく魅かれた。その後「ピクセル」という管弦楽曲を書いてらっしゃるのを知って、実演を聴くことはできなかったんですけど曲について知りたいと思いお話聞かせてもらいました。まず、曲は3パターンのグラフィックデザイン(ドット柄、ストライプ柄、チェック柄)のビットマップ画像を解析した結果からできているんですよね。
中島:元になった画像があって、フリー素材でシンプルなものなんですけど、
中島:3パターンの単純な模様ですね。
ーーそれを解析して数値化して。
中島:そうです。ビットマップ画像なので、要は点の集まりですよね。画像を拡大していくと見た目は荒くなりますが、ピクセルの集合体が模様を形成しているということが分かります。デジタルでの模様って、目に見えないところまで分解していくとどうなるのか、ということに興味があって。それをどうにかしてオーケストラの音で表現できないかと考えました。白地に赤のドット(第1セクション)というパターンや、白と黒のストライプ(第2セクション)だったり。このストライプは、目に見える情報としては白と黒だけど、そこには実はグレーっていう情報も入っていてとか。そういうパターンを数値化するっていうことがしたくて、音の配置の方法のところで色の解析結果を使いました。
ーー音の配置の方法というと、
中島:配置の方法はピクセルに拡大した時のグラデーションの感じというか。画像を左上から一マスずつ読み取っていくんですけど、それが音楽の横の流れに当てはまります。そうですね・・・例えば白に赤のドット模様のセクションでは、オーケストレーションするときに、白の部分をホワイトノイズで表していて、ピッチがないんですけど、赤になった瞬間は音高がはっきりとわかる、和音が鳴るように書いています。普通は目に見えないけど、拡大してみると白と赤の間にはクリーム色とかピンクとかそういう淡いグラデーションがあって・・・なのでその、白と赤の間のちょっとピンクになった瞬間などを表現する時は、ただのノイズじゃなくて、若干ピッチもある、色を混ぜたノイズみたいな感じにしたりとか。ノイズの感じを微妙な色の濃淡の変化に合わせて調整しています。
ーーピューっていうところかな。
中島:そうですね。全体的には、RGBの数値を解析して、数値から音のアルゴリズムを作るアプリケーションを手がかりにして、テンポを変えたらどうなるかとか、色々参考にしながらやってたんです。
ーーじゃあアプリを使って解析して、時間構造を作ったってことですか?
中島:はい。あとはその音が発生するタイミング、ノイズの中でたまに和音が鳴るタイミングを、これを手がかりに作った。
ーーじゃあタイミングが大事な要素になってくるんですね。え、じゃあストライプはどうなりますか?
中島:今回選んだストライプの画像は白と黒で色味が無いので、ピッチというよりはリズムをメインに考えました。拡大しても色の揺らぎみたいのがあまりなくて、同じ数値が連続していたので、このセクションは連打が多いです。高音の連打とか低音の連打とか。休符のタイミングや音の数とかそういうのは、なるべく数値に基づいて決めました。白、グレー、黒、それぞれに楽器を自分で選んで当てはめて、連打にマッピングしてみたって感じです。
ーーなるほど、そうか、え、やっぱり白黒だったらピッチ感じゃなく、リズムというかそういう感じ、感覚なんですか。
中島:そうですね、もともとピッチを決めるときに参考にしていたのが、色のスペクトル、色の波長の帯みたいのあるじゃないですか、虹みたいなやつ。それをちょっと手がかりに音や音域を選んでいます。例えば赤だったらかなり高音、黄色だったら中間くらい、とかそういう。白黒になると音を決めるときに手がかりがなくなってきてしまったので、ここはリズム中心の表現でいこうかなあと思って。
ーー確か光で、曲を作っていましたよね・・!
中島:光は先端(東京藝大美術研究科先端芸術表現専攻)に入ってからちょっとやりました。
ーーなんかこう、チェック(第3セクション)は・・・これも色のスペクトルを手がかりに音を?
中島:多少色のスペクトルのことも考えてやったと思うんですけど、どっちかというと長三和音にこだわっていて。
ーーうんうん、
中島:RGBって三つの原色じゃないですか、そのRGBを三和音っていう風に捉えようって思ったんですね。なんかその、ドットとストライプとチェックの表現で、アプローチが変わってきてしまっていて・・・ドットの時はタイミング__色がグラデーションとして変わっていくタイミングをピッチで捉えていて、ストライプの時はリズムでそれをやっていて、チェックのときはRGBの移り変わりを表現している。茶色と青とちょっとグリーンの3色が、ピクセル化したときに少しずつグラデーションになっていくんですけど、そのグラデーションのゆらぎとか変化っていうものを、三和音使ってやろうと思ったんです。
ーーRGBっていうのはCMYKではなくてRGBとかそういう意味だよね、なぜRGBにしたとかってありますか?
中島:なぜ・・・デジタル感にこだわりたかった、つまり、RGBは画面上の発色方式で、CMYKは紙とかなので。あとはやっぱりRGBが「光の三原色」だから、ですかね。やっぱり三和音を使いたかったんですよねもともと。3つの要素というのが大事だったのでRGBを選んだんだと思います!確か。
ーーそれでRGBなんですね。・・・ちょっともし、その理屈をいっかいぜーんぶ流してみた場合、やりたかったことって一体どういうところから来ているんですか。
油絵ではなくてデジタル
中島:やりたかったことは、西洋的な・・・ものじゃないですかクラシック音楽とかオーケストラとかって。私はけっこう音を視覚的なものと結びつけるのが好きだったので、色とか形とか、そういうものを何か表現したいなっていうのは根底にあって、でもそうなってきたときに、クラシックっていうとまあ西洋絵画だったり、油絵とか、そういうイメージがあったので、そういうものではなくてもっとデジタル画像とかグラフィックとか、デジタル的な色の作り方とか、現代特有の色の扱われ方、みたいなものを作曲に取り入れたらもしかして今風の音になるのかなっていうことを思ったんです。
ーーああ・・・!西洋絵画の感じします。超そうだよね。
中島:そう。なんていうんだろう・・・ピッチを変換させたかったっていう、その、色情報に。
ーー色情報に。そうですね・・・ああ・・・そうなんだ、色と結びついてると私も思ってて、だって振動じゃないですかすごい、色はもっと速い波長だけど、ゆっくりなるとリズムになるし繋がっていますよね。
中島:そう思います。それを初めてやりたいと思ってやったときですねこれは。
ーー小さい頃から音楽をしていたのですか?
中島:ピアノをやってました。もともと映画音楽がやりたかったので、作曲も勉強してみようって感じで始めました。芸高に入ってからは、なんかもう映画とかそっちのけになっちゃって。
ーーえ、どうして?そっちのけに。
中島:その頃に現代音楽を聴くようになって、面白いなって思ったのと、あとやっぱり勉強してたら結構必死で、ひたすらエクリチュールとかに集中するしかなくて。芸大の受験もあるし・・・みたいな感じで、とにかく視野が狭くなってました(笑)・・・そう、なんか、この「PIXEL」の曲書いてみて、数値をそのまま音に変換するだけだと、結果として意味わからない音になってしまうし、どこかをやっぱり自分でコントロールしないと作品として聴けるようなものにならないなあって痛感したんですよね。その時に、音だけで視覚的なものを表現するのではなくて、逆に今度は音を視覚化する、っていうことをやってみようと思って、それで先端に行ったんです。今までの逆パターンをやりたいっていうのがあって。
ーーやって欲しい・・・面白い。
中島:だから、音のイメージを視覚化しようと思って作った作品が、さっき言っていたライトを使う作品になっていったんです。
ーーそのまま画像のデータをうつすのは難しいというのもあるんだけど、こう、人間の感覚だけでは作れないような音をつくることも私すごい興味があるから、わくわくするんですよね。楽譜見せてもらって、私もこういうの聴きたい!って思うと同時に難しそうだなと思う部分もあって。実際やってみてどうでしたか?
中島:思った通りにはならなかったですね。かなり難しかった。作曲も難しかったですが、演奏も。この曲はタイミングが命っていうか、そこを一番考えて計算していたところがあるので、「パッと揃う」、「パッと引く」、「消える」とか、ノイズが弱まっていくタイミングとか、そこを思い通りにする必要がありました。ドットのセクションが一番難しかったです。3つのセクションの中だと割とチェック柄のところはけっこう書いたように鳴っていたと思います。
ーー実演される機会が有難いことは百も承知で、でもこういうのをもっとフラットに演奏や共有ができたらいいよね。なんか常にジャッジされる場にあるというか。
中島:そうですね、本当に、ほんとにそう思う。
ーーなんだろうね。
中島:特にオケとかになると、かなり難しいですよね。でもすごい面白い。私は室内楽よりもオケが面白いって思うんですよ。メディアとしてそれを今の時代にどう使うのかっていうのを考えたい。絶対に機会があり続けるべきだと思います・・。山根さんのオケ作品を初めてホールで聴いたときに、ああなんかオケってこんなことができるんだ、って本当にびっくりしたんです。山根さんの曲を聴くともうなんか目の前に色がぶわーっと見える感じがするんですけど、その時はピンクの世界の中に飛び込んだ感じがあって。
今は美術の方にいますが、そこで感じることは、当たり前ですけど音楽と美術で作品のプレゼンテーションの仕方が全然ちがうよなって。例外もありますけど、基本的に美術館とかギャラリーとかっていう場所に展示されて、人が来て通り過ぎていく中にその空間があって、見たい人は見るし、興味ない人はチラ見して通り過ぎていくっていう感じがある。一方でコンサートって、その時間中は観客はずっと拘束されるわけじゃないですか、作品を最初から最後までひとつの箱のなかで絶対体験することになるし、集中力?が美術と音楽の鑑賞って全然違うなって思って。時間芸術の醍醐味ですよね。そういう意味では、映画は音楽に近いなって思うんですけど。・・・とにかく、自分はこれからもオケの新しい作品がどんどん生まれていくべきだなって思っていますね。
おしゃれの視座
ーーあと・・・そうだ、微分音けっこう使ってますよね、他にもチェレスタにFesが出てきたり、ヴァイオリンにEisが出てきたり、独特の音使いだなっていう風に思ったんですけど、そういうのってどうやって決めたのですか?
中島:それは数値を音に変換してるから、それでですね。数値的にはファだからみたいな(笑)
ーー(笑)最後の方に三和音がいっぱい出てくるのも全部数値からですか?
中島:三和音は、ううん、ここは数値にはあまり忠実になりすぎないようにしました。長三和音っていうのは自分の作品にけっこうでてくるんですけど、ちょっと明るい兆しを持たせたかったっていう。
ーー中島さんの作品の中で長三和音ってめちゃ特徴的ですよね。バイタリティがあるというか、かっこいい配置も動きも。
中島:なんか・・・おどろおどろしいのが苦手なんで(笑)
ーー(笑)おどろおどろしい。
中島:だからその反骨精神みたいなのがあったのかも。
ーー西洋音楽の作曲が、特に近代以降かな・・・男性性(実際の性とは関係なく)しか許されないある種ホモソーシャルな世界というか側面があったと思うんですよ。そこでは一見して深刻さを纏ってないと取るに足らないものとして、深くまで見て評することができないっていうか。そういうのはあるよね、って。
中島:確かに・・・ありますよね絶対・・・
ーーこういうところも、もっとそれぞれ多様にできる気がして。
中島:なんかそう、だから、おしゃれさっていうのは安直な表現かもしれないんですけど、現代音楽ってなんかおしゃれじゃないなって思ってすごい嫌だったんですよ。
ーーおしゃれじゃないよね!なんでだろう・・・おしゃれって芸術音楽でむしろ揶揄とまでは言わなくても軽く捉えられがちですよね・・・可能性を狭めてると思うことが多い。なんというか表面的なことじゃなくてね。大事だよね。
中島:大事だと思います!
ーーなんでだろうね。おしゃれって一言で言っても多様だし・・・ううん・・・おしゃれをもう少し言葉にするとなんだと思いますか?
中島:・・・曲が作り出す場の雰囲気、纏う空気感が洗練されているかどうか、ということかなあ?ただ単にポップとか親しみやすいとかそういうことではなくて。
ーーその場を物理的に高度に心地よいものにする刺激、感覚、とか。
中島:それいいですね。なんかしっくりきます。やっぱり音楽ってある瞬間に起こる煌めきや刺激みたいな現象?を生み出すことと、それをなるべく持続させることが重要というか・・・センスの良い曲を聴くと、その場の空気ごと、世界観持っていかれる感じがすごいです。きゅんきゅんする感じ?(笑)
ーーうんうん、そうなんだよね。そういう空気とか、心地良さや感覚の洗練みたいなものと対極に、苦悩とか、崇高とか、偉大とかそういうものに、クラシック作曲家の理想像が重ねられがちな肌感覚があります。でも、心地良さや洗練って、何に心地よくセンスを感じるかは人によって全く違うから絶対的な指標にはできないのかもしれないですね。思ったよりどこまでも思考できそう・・・
中島:その人自身の生きるスタイルが、曲のスタイルと結びついていると感じられる時もおしゃれだなと思います。・・・そういう「装い」とか「スタイル」みたいな感覚が自分にとっては大事なのかもしれないと思いました。
ーー普段楽器はピアノの他に、DJもやられてましたよね。
中島:あ、やってました。
ーークラブによく行ったりとかしてました?
中島:してましたね。大学生のときはけっこう行ってました。それもなんかさっきの話と繋がっていて、現代音楽の世界はおしゃれじゃなさすぎてむかつくからおしゃれな所にいっておしゃれな音楽を聴こうみたいな感じで(笑)
ーーわかる。
メディアを越えてく
ーー作曲のプロセスにおいて何が一番楽しいですか?
中島:頭の中で描いていたものが現実になって現れるっていうその現象が、一番面白いなと思いますね。でもそれで思った通りにならなかったことがもう80%90%なんで、楽しかったというより辛かったみたいな(笑)感じもあるんですが。
ーー「ピクセル」を経た上でもう1曲管弦楽作品(「アルファ+」)を書いたわけじゃないですか、どうでしたか?
中島:「アルファ」はシリーズになっています。まずピアノで書いて、もしもこういうピアノ曲がダンスミュージックが流れるような場所で流れるとしたらって考えて電子音楽ともやってみて、じゃあオケにしたときはどういう風になるのかなって思ってコンチェルト書いて、っていう3パターンをやれたのはすごい良かったです。
ーー頭の中のものが現実に音になることもそうだけど、同じアイデアでも媒体が変わる面白さ、無限ですよね。そうそう・・・今後の夢は??
中島:今後の夢!そうですね、いきなりですが、その、映画を作りたいと思ってて。
今は映像を勉強していて、大学院でも映像作品作ったり、そういう表現が中心になりつつあります。仲間と立ち上げた会社で、いろんな人が集まってみんなで制作しています。カメラマンもいれば、デザイナーもいれば、CG作れる人もいれば、プログラマーもいる。色んなバックグラウンドがあって、それぞれ技術を持っている、そういうひとたちと一緒に、面白いものを作っていきたいです。個人的には、作曲家や音楽家だからこそできるアプローチを探りながら、映画をつくってみたいですね。まあどういうものになるかまだわからないんですけど。
ーーそうかあ。すごい楽しみです。今日はお話してくれて、曲を共有してくれてありがとうございました!
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