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走れない(たくさん歩けない)けどできる事は?と考えました。

同行援護従業者の方々と、情報をシェアしたり、視覚障がいをお持ちの方が働いている花屋や、聴覚障がいをお持ちの方々が働きているカフェ、様々な障がいを支援しているレストランを訪れたり。

「耳でやるコアトレ」という、参加者全員が耳からの情報だけで身体を動かそう!というイベントを行ったり。

走れないけど水泳はできる、ということで、大嫌いだった水泳だけど、ブラインドさんと水泳に行ったり(楽しかった)。

それでもなかなか足の痛みは取れず、もう走るのやめてしまおうかな、と思っていた時。

あるブラインドさんは、ご自身は走りたい時に走れないというのに、走れるようになるまで待ってるね、といって、食事だけしてくれたりしました。

あるブラインドさんは、自分のペースで走りたいだろうに、ウォークでいいから一緒に身体を動かそう、と声をかけてくれました。

あるブラインドさんは、私の気持ちを汲んで、そっとしておいてくれました。

サポートしなければいけない立場とか、誰が決めたのかしら。
私はその人たちにたくさん助けてもらいました。

ありがとうの気持ちでいっぱいでした。

障がいがある人たち、というよりも、単に人として、とても素敵な方々が私の周りにはたくさんいたのでした。

あるブラインドさんが、ある時。

障がい者は聖人君子じゃないからさあ。
普通に酒のんでへべれけになるし、性格良いわけでもない。いつも頑張ってる、と言われるのも違和感。と話していました。

いろんな人がいるので、全ての人が聖人君子ではないし、逆に酒飲みでもないでしょうし、何かにすごく頑張っている人もいるのでしょう。
もちろん、そういうことがしたくてもできない方も。

その、人間くささが渋い。
みんなでこぼこ。
気の合う人もいるし、合わない人もいる。

そんなことを感じたのでした。

仲良くしてくれてありがとう。

私は助けてあげる、とかそういったことは、あんまり思わない方で。

だって私はそんなすごい人間ではないし、私も生きるのに必死。だから、共に生きる、ともに同じ時間を楽しむ、それしかできないのですもの。

そして困ってることがあったら、私にできることだったら全力でお手伝いします。

…私にできることは少ないかもしれない。
でもいいんだ。
できることをやって、楽しめば。

もちろん、障がいは一言では言い表せないもので、当事者の皆さんそれぞれ違くて、お互い助け合いましょう、なんて簡単なことではないと思います。
楽しみましょうなんて、そんなもんじゃないことも…

しかし、人としての魅力は、通じてくるのだと感じました。
いつも、支えてくれる周りの皆さんに感謝です。

これからも、伴走を続けていきたいと思います。

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