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分岐点

渡された紙には「48番」と書かれていた。
椅子に腰かけて見渡すが、周りには誰もいない。広い空間にポツンとひとり。スマホで時間を確認すると午前10時。

まぁ、そりゃそうか。

少しの待ち時間。上着のポケットから折りたたんであった紙を取り出した。今日の検査結果だ。診察の時に説明はあったのだが、改めて眺めた。

「データ上は、悪くないですよ!」
担当の医師は、カタカタとキーボードを叩きながらパソコンの画面を見せてくれた。
早朝から病院で行なった血液検査と尿検査。通院するようになって今までと変わったのは、検査結果を聞くのが怖くなったことだ。

IgA血管炎を発症して約2ヶ月。
一時期は車いすを使わないと移動できないくらい足が腫れて動けなかった。
その時に伝えられたのは、ひどい腹痛が起きたら内臓で出血している可能性があるので手術になるかもしれない。尿に蛋白が出てきたら、IgA腎炎という国指定の難病になるかもしれない。
ただ、どちらも予防するための手立てはなく、とにかく今は安静にするしかないということだった。

今まで僕は、薬を飲んでしばらくしたら良くなるという病気にしか罹ったことがない。こんなに予後が見えない、光が見えない病気は初めて。
発症した12月末から、僕の時間は止まったままだった。
『悪化したら大変なことになる』
いつも頭のどこかに不安がよぎり、期間中は一切外出をしなかった。コンビニにすら行っていない。ひたすら寝て安静にしつつ、紫斑が出たり引っ込んだりすることに一喜一憂する日々だった。

「そろそろ、元の生活を取り戻す準備を始めてみましょうか」

診察の時に担当医師が明るい表情で言った。
この2ヶ月で何度か行なった尿検査と血液検査で特別な異常が見られないことが、その判断に至った理由らしい。
もちろんまだ治ったわけじゃない。相変わらず手足に紫斑は出続けているし、検査結果はあくまでも今の時点でのデータなので今後悪化する可能性だってある。

でも、なんとなく。
本当になんとなくだけど、光が見えた気がした。

「48番の方〜」

持っていた番号が呼ばれる。
ふとガラスに映った自分の姿が見えた。この2ヶ月で伸びに伸びた髪の毛。
「あぁ、まずはここからだな」。
髪を触りながら思った。

髪を切ろう。
ヒゲを剃ろう。
ひとつひとつ、自分を取り戻そう。

今日、今この時が、新しい方へ体を向けたような気持ちになった。

「ご注文の、モステリヤキバーガー単品でおひとつです」

2ヶ月ぶりに頼んでみたファストフード。
これは復活の兆し。
今の僕にとって、小さな自由を得た瞬間だった。

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