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深夜ロマンティック春鉄道

金曜日0:10の上り列車は朝のようだ。


少し飲み過ぎた地元の三人組。

  お揃いのグレーのパーカーを着たカップル。

寝過ごして一駅戻るサラリーマン。

  イヤホンをして眉間にしわを寄せている色っぽい女性。

何をも共有しないのどかな乗客たちの間には、かすかな連帯がある。まばらに埋まったシートは、本来のふくらみでもって我々を包む。


無造作に空いている窓から音を立てて投げ込まれる空気は、日に焼けたシートにぶつかって古本のような香りと化す。小鳥のさえずりを乗せた春の風と合計で同じ温度だ。


鉄道は、意志のない機械だ。前途多望な若造と疲れた中年達を、あるいは満州に投入し、あるいは毎日工場=都市に輸送し、そのためにひかれた虚無の実体だ。

この時間だけは、奴が移動手段としての本来の姿に戻る。それぞれの行き先をうつろに抱く乗客たちを背中に乗せ、鉄道は決められたルートを目的なくゆっくりと進む。暗闇の住宅街を田園風景に変え、春風を燃料に進む。母がスープを煮込む速度で。


ロマンな、子供の恋のような気持ちのいい痛み。だめだ、感傷的になってはいけない。こんな時間は、改札のタッチ音さえ軽やかだ。次の駅に向かう音量と、ホームを吹き抜けそれぞれの髪を乱していく風を、胸いっぱいに吸い込んで帰ろう。


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