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「第7話 トラックの旅」


まだ、体はふらふらしていた。
土手に上がってみると、大きな煙突が何本も見えた。
機械の動く唸り声のような音も聞こえてきた。
ガリは、フェンスを潜って工場の敷地に入っていった。
大きな倉庫の片隅に置いてあるパレットの陰で、しばらく休むことにした。
この辺りは、工場の製品を一時保管している倉庫で、
人影も少なく大きな音もしなかった。
少し、目を閉じてじっとしていると
ようやく、ふらつきが収まってきた。
何かに見つめられている気配がして目を開けると、
工場の守衛さんが、ガリの体を抱き上げた。
「こいつ、まだ生きているみたいだな。」
そう言ってガリを抱きかかえ守衛室に連れ帰った。
守衛室は、この人だけだった。
足で椅子を手繰り寄せると、そっとガリをそこに下ろした。
「川向こうの、商店街からやってきたのかな
体もまだ少し濡れているし、川を渡ってきたようだな。」
そう言って、タオルで濡れた体をふいてくれた。
ガリは、恐怖で金縛りにあって鳴き声すら出せなかった。
守衛さんは、体をふいてくれた後ガリには構わなかった。
しばらくして体も温まり緊張も解けて動ける状態になってきた。
危険はなさそうだが、逃げだすチャンスを狙っていた。
「オイ、そんなに用心しなくても何も怖いことはしないよ。」
「腹をすかしているのか?これでも食べてみな。」
と言って、パンの耳を少しちぎってくれた。
ガリは、それを食べることはできなかった。
まだ信用できないからだ。
「そうかい、まだ駄目なようだな。」
と言って守衛さんは笑っていた。
椅子から飛び降りて、逃げようとしたが扉が閉まっていて出口がなかった。
机の下の一番奥に潜り込んで、身を縮めた。
黙って見ていた守衛さんは、「そこが落ち着くなら、そこにいなよ。」
と言ってさっきのパンを投げてくれた。
「工場内は、大型の車が多く走っているし、
フォークリフトとか作業車も多くて危険だから、
しばらくここにいな。」そう言って守衛さんは、出て行った。
残されたガリは、目の前にあるパンとにらめっこしていたが、
少し、また少しと食べているうちに全部食べてしまった。
お腹も膨らんで、緊張した為か体も疲れていたので、
目を閉じて休んでいるつもりが少し眠っていた。
ガリは、何故ここにいるのかこれからどこにいこうとしていたのか
全く思い出せなくなっていた。
ただ、川からここまで歩いてきたこと、
守衛さんに連れてこられたことしか記憶はなかった。
守衛さんはその後何度も出入りしていたが、
全くガリにかまうことはなく自分の仕事を淡々とこなしていた。
何日かするともともと、それほど警戒心の強くないガリは、
守衛さんに甘えるようになっていた。
 ある日、守衛所に大型トラックの運転手がやってきた。
トモさんと言って長距離専門だった。
トモさんは大の猫好きだけど、家を空けることが多いので生き物は飼えないでいた。
たまたま寄った守衛所でガリを見つけ、良くおやつを持ってきてくれていた。
「おれ、これから鹿児島に行くのだけど、この猫連れてっていいかな。」
「猫さえ嫌がらなかったらいいよ。」
「お前、俺と一緒に旅に行かないか?」そう言ってガリの頭をなでてくれた。
「二ヤ~ン」ガリが泣いた。
「お~、返事した。OKと言っているよ」嬉しそうにそう言って守衛さんの方を見た。
守衛さんも笑って「いいよ、連れて行ってあげな」と言った。

そうしてガリは、大きな運転席にトモさんと一緒に乗って遠いところに旅立て行った。

丁度そのころ、タマはガリを探して工場地帯を歩き回っていた。
出会った様々な生き物にガリのことを聞きながら、探してはいたが、
川から上がった後のガリの様子を知っているものは現れなかった。
すぐに見つかると思っていたが、全く手掛かりがなかった。
困り果てている時、一羽のハトに出会った。
もう何回も聞いていることをハトにも聞くと、その猫かどうわからないが、
茶色の猫が大きなトラックに乗せられて出かけるところを見たと言った。
その場所を聞いて、タマは工場の倉庫にやってきた。
フェンスの下を無理やり潜ったところで挟まってもがいていた。
それを例の守衛さんに見つかり逮捕されて守衛室に連行された。
「最近やたら猫の侵入があるな。」と笑いながらタマの方を見た。
タマもガリと同じく机の下の隅に逃げ込んで、小さくなっていた。  
守衛さんはガリの時と同じようにタマにもかまわないで好きにさせていた。
タマは少し安心してあたりを見渡した。
机の下の隅に、ガリのにおいがする毛が数本あった。
タマは、やはり最近までガリがここにいたと確信した。
もう少し早ければと思ったが一足遅かった。

 タマが守衛所にいる間も、大きなトラックの出入りがあった。
どれにもガリは乗っていなかった。
守衛さんは猫や犬などの動物が好きで、迷い込んでくるとガリやタマと
同じように親切に面倒を見てくれる人だった。
警戒心の強いタマにもそれはよくわかったが、ガリの事が気になって、
じっとガリの帰りを待てなかった。
守衛さんが、部屋の窓を開けたときそこからうまく飛び出して、
一目散に門を抜けて道路まで走った。
 守衛さんは、突然でびっくりした様子だが、タマを追ってはこなかった。

 倉庫を出るトラックの走っていく方向に、進むことにした。 

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