生まれる隙間でやりたいことは
noteを4月は週に1本は書きたいな、と思っていたけれど1週が空いてしまった。緊急事態宣言とか、ミサイル警報とか、私は簡単に状況を受け入れて自分が生きる道を探している。会社は完全リモートワークになって、アルバイトに通っていたPARCOのお店もおやすみになった。そして5月からは、会社もおやすみになる。3ヶ月くらいの、予期せず生まれた早めの夏休み。給料は下がるし、ぱーっと旅行に行くこともできないけれど、じっと力を溜める。考える、アイデアをあげる。それはどこでもできる。頭のなかで、考え続けることをやめなければ、いつでも、誰であっても。
リモートワークになって、パートナーとの時間が増えた(というか、すべてそうなった)し、食の大切さを改めて知ったし、転がり込んだ1Kでは狭くてついに引越を決意した。だから、今は好きになった街で、好きな人と暮らしを共にできることが嬉しいし、特別に感じる。非日常のなかでも、少しずつ、日常を取り戻している。落ち着いてきている。ぐるぐる不安な波にとらわれそうになっても、「ただしくわかる」ことで、波の形や大きさが見えて、息ができるようになっていく。
変わったことといえば、4月5日からほぼ日手帳を書き始めた。カズンの1日1ページ、今日あったことを振り返ってペンを走らせるのは、不思議な感覚だ。Macにローマ字を打ち込めば、『躊躇』って漢字が書けなくても雰囲気でそこにただしい文字が現れる。でもペンで不安げにかくと、不安げで不格好な文字が、ちゃんとそこにいる。当たり前だけど、おもしろい。
これは、ひとまず6月まで続けてみる。書くことと、文字を打つことは、同じ頭のなかの整理なのに、違う感覚だ。
自宅待機のあいだ、何をしようかな。お金がたんまりあったらやりたいこともあるけれど、働きながらも「自分の時間」として使おう。贅沢だ、と思って頭を切り替える。昨日までは落ち込んでいたけれど、今日はちょっと元気だ。最近ざわざわしていたTwitterからも距離を置いていたら、スマホをあまり見なくなった。オンラインが増えて、会社のメンバーのお子さんと画面越にはじめましてする機会も増えた。ひとつずつ、うれしいことを数えて、無理にじゃなくて、前を向ければいいかな。がんばらないけれど、継続させる。できることを増やす。わくわくしてきたので今日はnoteも書けた。
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