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藤井風「死ぬのがいいわ」と囁く男


「あんたとこのままおサラバするよか、死ぬのがいいわ」

あなたの口癖が、移ってしまった。

今朝も鷗が遠くで鳴いている。
風が変わったのがわかる、潮の香りがするから。

「三度の飯より、あんたがいいのよ」
そう囁くあなたは、
西の方から流れて来たとしか教えてくれない。

「くにの言葉が抜けんのじゃ」
窓にもたれて外を見ながらあなたは笑っていたけど、
その言葉は私にはとても優しく聞こえる。

でも、そういうときのあなたは、決まってどこか遠くを見ていることを、私は知ってる。

あなたの横顔、くっと顎を上げるしぐさ。
髪をかき上げる時の長くて美しい指の動き。
俯いた時の頬にできる影。

鏡の中のあなたを見つめていると、
ふとこちらを向くあなたに見つめ返されて、
私は不意にこのまま死んでしまいたくなる。
あなたに見つめられたまま、このまま。

一度、あなたがいつも近くに置いている本の中に挟まれている写真を見た。
写真の中であなたに寄り添う女の人は私と同じ顔をしていた。

身代わり。

でも、身代わりが不幸せだと決めたのは、誰。

昔、男に指切りをせがまれたことがあった。

こんなに不実な約束があるのかと、
指を絡ませたまま、窓ガラスに映る自分の顔をぼんやり見ていた。

今度は私があなたにせがみたい。

嘘でもいい、嘘でもいいから、ずっと一緒だと、
指切りをして。

破った時の針は、私が、全部飲む。

また、風が変わったらあなたはどこかへ流れていくの。

いまの私は、あなたとこのままおサラバするより、死ぬのがいいわ。

「三度の飯より、あんたがいいのよ」
優しい、くにの訛りであなたはそう言って、また、私の目を見る。

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藤井風さんの「死ぬのがいいわ」から。

西の方から流れてきた、お国訛りでゆっくり、優しげに話す男と、
その男にどうしようもなく惹かれてしまう女のおはなし。
そう思って、もう一度読んでいただければ。

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