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徳のパラドックス

 徳のパラドックスとは、倫理学において、人々が徳を実践することで、その徳を破壊する可能性のある問題を指します。徳のパラドックスとしては、以下のようなものが挙げられます。
 
 まず、徳を実践することで、徳を破壊する可能性があるという問題があります。例えば、ある人が『正直さを重んじる徳』を持っているとします。その人が、ある場面で正直に告白した場合、その告白が他の人の信頼や友情を損なう可能性があります。そのため、正直に告白することで、本来の徳を破壊してしまうことになります。
 
 また、徳を実践することで、他の徳を犠牲にすることになる可能性があるという問題もあります。例えば、ある人が公正さを重んじる徳を持っているとします。その人が、ある場面で正義を行使するために、他の人を傷つけることになった場合、その行為が公正さと相反することになります。
 
 徳のパラドックスやジレンマに関する問題は、古代ギリシャの哲学者から現代の倫理学者まで、幅広い学者によって取り上げられている重要な課題です。現代の徳倫理学者としては、アラスデア・マッキンタイア、マーサ・ヌスバウム、ロザリンド・ハーストハウスなどが、徳のジレンマやパラドックスに関する問題に取り組んでいます。
 
 AI倫理において徳や善悪の定義が困難である理由は、徳のパラドックス問題以外にも多数の要因があります。例えば、徳に対する定義や概念は、歴史的背景や宗教の影響によって大きく異なります。更に、虚無主義や懐疑主義のような立場から、そもそも徳について議論する意味がないと主張する学者も少なくありません。
 
 筆者は論点を主に以下の4つに大別して整理してみました。なお、以下に挙げた倫理論は、個別に確立された学問分野という意味ではなく、筆者が問題点を整理することを目的として、大まかにカテゴライズした呼称であり、倫理学上の分類ではない点に留意してください。
 
(1) 機械徳倫理論(Machine Virtue Ethics)とは、AI自体に徳が必要だと主張する理論や主義のことです。主な論者としては、ウェンデル・ウォラック(Wendell Wallach)、シャノン・ヴァラー(Shannon Vallor)、コリン・アレン(Colin Allen)などを挙げることができます。
 
(2) AI開発者の徳倫理論(Virtue Ethics for AI Developers)とは、AI開発者に徳が必要だと主張する理論や主義のことです。主な論者としては、シャノン・ヴァラー(Shannon Vallor)、マイケル・アンダーソン(Michael Anderson)、スーザン・アンダーソン(Susan Leigh Anderson)などを挙げることができます。
 
(3) AI開発者の統合徳倫理論(Combined Virtue Ethics for AI and AI Developers)とは、AIとAI開発者の双方に徳が必要だと主張する理論や主義のことです。主な論者としては、アントニオ・カッシーリ(Antonio Casilli)を挙げることができます。
 
(4) 虚無主義・懐疑主義的徳無用論(Moral Nihilism or Moral Skepticism)とは、徳など定義できていないため、議論することが無意味だと主張する理論や主義のことです。主な論者としては、あらゆる懐疑論者が相当しますが、懐疑論者は次に説明する『懐疑主義のパラドックス』に陥ってしまい、明確に誰がこの主義の論者であるか見極めることが困難です。
 
 AI倫理における徳の議論は、多様な立場や理論が存在し、それらが複雑に絡み合っています。徳のパラドックス問題以外にも、歴史的背景や宗教の影響、虚無主義や懐疑主義といった異なる立場からのアプローチがあるため、徳や善悪の定義の困難さが分かります。このような複雑な状況を把握し、AI倫理を適切に議論するためには、多様な視点を持つことが重要です。

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