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20世紀末のコンビーフ|たのしい自慢話

えー僕くらいのグローバルエリートサラリーマンともなると、やはりみなさん気になるのはその懐事情ですよね。日々お役立ちアカウントとして最新仮想通貨関連情報や世界のクリエーティブ情報、日経平均株価情報からオリジン弁当のチーズチキンカツ弁当が20%割引になる時間帯についてなどグローバルエリートに相応しいトピックスを日々精力的に発信している僕としてはみなさんにセレブリティの生活を発信していくこともまた義務なのですけれども、唸るほどお金を稼いでいる僕は、またこの春からお給料が上がってついに大台を突破しましてね、時給が5円あがって時給1,000円の大台を突破しましたから、はなまるうどんでかけうどんの小から中に変えることなんて容易いことでございます。僕くらい稼いでいる人は天かすだって好きなだけ入れることができますし、七味だってかけ放題なわけです。アッ温泉卵は入れちゃダメですよ。一気に値段が上がっちゃいますから。あと大サイズもだめですからね。おれ最低時給以下で働いてるんだ…

このように金持ち自慢をはじめ、自慢話というのは顰蹙を買うのであまり声を大にして喚き散らすのは避けたいところでございますが、唯一、唯一聞いていても嫌な感じにならない自慢話というものがございます。それが「貧乏自慢」です。

一定の年代以上の人のお話を聞いていますと、やはり皆さんいろいろな経験をしているので貧乏自慢もエッジが効いたものが多いものです。もやししか買えないから毎日もやしばかりを食べ続けた結果、もやしを使ったレシピに関して異常なほどレパートリーを獲得したおじさんもいましたし、高田馬場の駅から自販機の下に落ちている小銭を一台一台探して歩いていたら気が付けば恵比寿にいた、なんて話も聞いたことがあります。そういう話を聞くのが面白いから、おじさんとかと飲んだ時は必ずそのおじさんが人生で一番貧乏だった話を聞くわけなんですけど、まーみんなキラキラした顔で語ってくれるので、喋る方も楽しけりゃ聞く方も楽しいということで、ウィンウィンの時間がお互いに流れるので飲み会の時話題に困ったらこの話題出すのまあまあおすすめです。

当の僕自身はあまり面白い話がないのであれなんですが、学生時代僕ステーキ屋さんでアルバイトしてたんですよ。で大学3年生あたりからステーキを焼かせてもらうようになったのですがそのころが人生で一番貧乏でしたから。付け合わせのブロッコリーがいっぱい入ったバットが焼き場の近くにあったんですけど、お金もないしお腹も空いてたので、ステーキ焼きながら人の目を盗んではちょこちょこつまみ食いをしてたんです。そしたらある日社員の偉い人に見つかってしまってひどく怒られてしまいまして、その次のシフトから一名、「おれがブロッコリーをつまみ食いをしないか」を監視する人員が追加されたくらいのなんてことないエピソードしかないんですけど、貧乏自慢もめっちゃウケるエピソードもあれば、ちょっといい話じゃん…って思うものもあるわけです。

一番印象に残っているのは僕の元上司の話です。当時40代くらいのおじさんだったんですけど、酔ったタイミングでおじさんが一番貧乏だった時代の話をおれはいつものように聞いたわけです。そしたら、ちょうど当時のおれくらい、22~3歳くらいの、90年代末ごろの話だったらしいんですけど、ある日友達の家で酒を飲んで麻雀とか桃鉄とかやってたみたいな日に、やっぱり麻雀と桃鉄は夜遅くまで盛り上がりがちですから。気が付けばすっかり24時も回って、電車なんてもうないのでこのまま朝までいっちゃおうって話になったらしいんです。で、お酒も尽きたところで買いに行きたいけどお金がない。とにかく貧乏だったので缶ビールも買えない。それでもお酒が飲みたかったおじさんは、友達と一緒にその子の家中をひっくり返してお金を探したそうです。2時間ほど探し回ったところ、タンスの奥のほうからいつか実家の両親が友達に送ってくれたビール券が2,000円分出てきたそうです。これでお酒が買えるねえ良かったねえと言って、遅くまでやってた酒屋さんに行って、ビールやらチューハイやらを買った。

ただ、22~3歳なんて食べ盛りですから、深夜の酔いも手伝ってお腹が空いていたそうです。で、ひょっとしてビール券って食べ物も買えるんじゃね?と思って、コンビーフの缶詰を手に取り、おそるおそる酒屋のババアに「コンビーフも買えますか?」って聞いたところ、無事買えたそうです。うわー買えた買えたビール券でつまみまで買えちゃったと言って喜々として家に帰って友達と分け合って食べたコンビーフがまーうまくて。窓を開けたら夜風が気持ちよくて、虫とか鳴いてて。その時のことをなんだかおじさんずっと覚えていて、今はもう結婚もして子どももいるわけですが、スーパーに家族で買い物に行ってたまーにコンビーフを買って食べるとあの日友達の家でビール券を探し当てたときの喜びとか、コンビーフを持っておそるおそるババアに交渉したときの感じとか、コンビーフを食べたときに吹いていた気持ちいい風のこととかを思い出して、なんだか涙が出てきてしまうみたいなことを話してくれたわけです。

その話を聞いたおれは、うわーめっちゃいい話じゃんこれめっちゃいい話ですよおじさんって言って、貧乏自慢の話をおじさんから聞くときとか、みんなにもこの話をしばしばするようになったんですけれども、貧乏自慢の話題になったとき、そういう星屑みたいな小さくてもぴかぴか光ってるエピソードとか出てくることもあるんで、引き続き貧乏自慢の話はおじさん世代と飲んでいるときには絶対に聞き出すようにしているおれです。

で、やっぱそういうきらきら光るエピソードおれも欲しいウイスキーグラスを傾けながらそういう話できるようになりたいとちょっと思わないでもないですが、いざ貧乏の当事者になるとそういうエピソードの外にある暮らしの辛さみたいなものが勝ってしまうので、なるべく慎ましくブロッコリー係の話を擦り続けるより仕方のないおれでございます。

それで、そのおじさんの話にはオチがあって、その後何度か酔っぱらった時にこの話をしてくれたんですけれども、エピソードの中に出てくるコンビーフが焼き鳥屋にいるときは焼き鳥の缶詰、魚食ってるときはするめいか、バーにいるときはミックスナッツと、その時食べているものにめちゃくちゃ引っ張られるので当時実際に食べたものがブレブレになります。おっさんブレブレやないかいと心のどこかで思いながらも、実際に当時何を食っていようがどうでもよくて、当時食ったつまみ的な何かのうまさを、20年経って家族もできてそれなりに生活をやっていけてる今でも覚えていて、たまに食べるたびに涙が出てしまうんだ…と語り終わったときのおじさんのキラキラした、だけどちょっと寂しそうな表情になんともいえない滋味を感じてしまいます。

貧乏自慢/貧乏エピソードは随時受け付けておりますのでこれを読んだあなたにもしこれゾというものがあったらこっそり教えてくださいね。そんな感じです。


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