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とんかつに恋をして

もう7,8年くらいになるか、定期的にとんかつ屋さんに食べに行く「東京とんかつキャラバン」という取り組みをやっている。なんか大仰な銘を打ったりしているけど、実態は時々一人でとんかつを食べに行って、それをインスタにあげたりあげなかったりするくらいで、別になんてことない。でも、「とんかつを食べに行く」という行為はおれにとって特別で、非日常で、そしてロマンである。だから、そういうふうに、遊びに名前をつけて一人で勝手に楽しんでいる。今日は、そんなとんかつの話がしたい。

あのー昔にジョンレノンがオノヨーコの個展に訪れた時、脚立をのぼった先に真っ白な天井に小さな文字で「とんかつ」と書かれていて、たいへんな感銘を受け、その後の親交のきっかけになった、というのはとても有名なお話ですが、それと同じようにおれにもとんかつに魅了された原体験というものがあるんです。20歳くらいの時、高田馬場にある「とん久」というとんかつ屋さんを何気なしに訪れた時の話です。隣の席に座っていた和装の爺さんが、着席アズスーンアズで、瓶ビールとお新香を注文したんですね。ビールが到着したらグラスに注ぎながらロースかつ定食かなんか注文して、お新香が届いたらビールを飲んで嬉しそうにとんかつができるのを待っていたんです。流れるような一連のムーブにおれはひどく感心してしまって!そもそも、それまでのおれというのは、とんかつ屋さんに入ったらとんかつを頼んで、それができるまで携帯とか弄ったりしながら待つ。とんかつだけ食ったら帰るもんだと思っていたので、「ビールやお新香をつまみながらとんかつを楽しみに待つ」という考えに至っていなかったわけです。粋で、品格があって、とにかくその和装の爺さんがとっても格好よく見えたのでおれもああなりたい!と思って、気が付いたら各地のとんかつ屋さんを食べ歩く遊びを始めていました。

おれはこの記事で別にとんかつを食べるお作法について説きたいわけではない。食べ方について、こうあるべきとも思わない。別に好きなものを好きに食やいいじゃんと思います。また、「このお店はどこそこの豚を使っている」とか、「揚げる温度が~」とか、「パラパラと小雨が降る昼下がり、とんかつハンターこと小生が…」って食べログのレビュワーの感じでとか、そういうのをしたり顔で語りたいわけでもない。有名店の絶品とんかつだろうが、チェーンの安価なものだろうが、半額シールが貼られたスーパーのお惣菜だろうが、実にとんかつというものは等しく尊い。2つのとんかつを比べて、あれが良くてここはダメとか、殊更に優劣をつけたりするようなものでもありません。だっておれはとんかつの専門家じゃないから。これは世界中に70億人いるというとんかつ好きの中のひとりの問わず語りです。あと食べログレビュワーの一人称ってなんで「小生」がちなんですかね。そういう研修でもあるんですかね。

と、この記事で取るおれのポジションについて明記したところで、おれのとんかつ屋さんでの一連の流れについて書いていきますね。まず入店したらビールとお新香を頼みます。ビール瓶が届いたら、グラスにビールを注ぎます。ここまでに何を頼むか決めて、店員さんに注文をします。まずはビールを一口飲みます。(※)その次にお新香をちょびっと口の中に入れて、ビールを流し込みます。(※)カウンターの席に座れたら、職人さんがとんかつを揚げるのをにこにこと眺めるのもいいです。(※)繰り返し

とんかつが来たら、まずはソースとからしで一切れ食べます。次にしょうゆ、塩と順繰りに食べ進めて、残りはもう一回この味でいきたい!と思ったもので食べていきます。ちなみにこれはおれ統計なんですけど、卓上にデフォでしょうゆ置いてあるとんかつ屋さんは当たりのお店の確率が高いです。

食べ終わってビールも飲みほしたらすぐに席を立って金を払っておつりを貰って帰ります。とんかつ屋さんに長居をするのは粋ではないと思っているので…

ここで一番難易度が高いのが、「ビールが来るまでに注文内容を決める」ことです。ロースかヒレか、という問題はとんかつ屋さんを訪れたときに必ず提示される究極の選択であります。「仕事と私どっちが大事なのよ!」と長澤まさみに詰問されたら、そりゃコンマ1秒で、そんな質問をさせてごめんと嗚咽まじりにまさみを強く抱きしめるほかにアンサーは無いわけなのですが、とんかつ屋さんでロースとヒレとまさみとどっちが…となったら、一旦まさみは選択肢から排除することはできますよね。しかしその後は考える人のポーズで硬直してしまいます。それからどのくらいの年月が経っただろうか、ある日そよ風に運ばれてやってきた一羽の小鳥が肩にとまり、「今日はロース(orヒレ)にしちゃいなよ」と囁くのを待つしかない僕ことおれですけど。とはいえ、ロースいこうかヒレいこうか迷う時間すら豊かに思えますよね。ここでドラクエⅤのビアンカかフローラか問題を絡めながらまたチョケることもできるんですが長くなるのでやめときます。とにかく、どちらかを選ぶということは即ちどちらかを選ばないということですから、それはそのまま、その店を再び訪れる楽しみにもなります。

あとは自分への約束事として、とんかつにはお金を出し惜しみしないというのがあります。目上の人と食べに行った時は別ですが、原則なんでも特上にします。とんかつはおれにとって特別なフードですから、金額の大小で食べるものを決めるのは、こととんかつに限っては野暮だなと思っています。そもそも何百円とか高くても数千円の話なので、その時だけ、宵越しの金は持たねえ江戸っ子になるわけです。貧乏人のおれでもそういう方針が成り立つ、つまり自分でなんとかできる金額設定になっているというのも、とんかつの魅力のひとつですよね。

無人島になにか一つ持っていけるとしたら、それは無限に湧いてくるとんかつ定食の他に考えられないでしょうね。みんなそう答えるに違いないです。キャベツも載ってるから野菜とかもちゃんと摂れるから。やなせたかしアニメのキャラクターになれるとしたらもっぱらおれの望みは「とんかつマン」になることです。お腹を空かせた子どもたちにとんかつでできた顔をもぎって食べさせてあげるんです。もぎりにくそうだな!!!「ありがとうとんかつマン!」とか言って子どもたちと握手するとき、もう手とか死ぬほど油まみれの状態で握手をするので、「お腹すいてる以上、差し出されたら一応とんかつは食べるけどあんまり街では会いたくない奴」みたいな位置づけになるのは容易に想像できるけど、「腹減ってるときにあいつと会っちゃったらぶっちゃけハズレだよね」などと日ごろは煙たがられるみたいなポジションになることは容易に想像できるけど、そんなとんかつマンが仕事をしない世界が、つまり、子どもたちがお腹を空かせたりしない世界が一番平和みたいな、そういう自衛隊的なスタンスでやっていきたいですよね。一番の行きつけは高田馬場のとん太です。そんな感じです。

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