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『光』(2017)公開時、井浦新を知らないひとのための、映画俳優、井浦新の紹介文。



11月25日より公開となる映画『光』に出演し、12月には『二十六夜待ち』、来年には『ニワトリ☆スター』『赤い雪 RED SNOW』『菊とギロチン』など、続々と出演作の公開が控えている俳優、井浦新。今、映画界から引っ張りだこな彼の足跡を振り返ってみたい。

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井浦新は、俳優である以前にファッションモデルであり、ファッションデザイナーでもある。183センチの長身、涼し気なルックス。ARATAというかつての芸名に、モデルARATAの姿を重ね合わせる長年のファンも少なくない。しなやかで、優雅で、濃くはなく、クール。和のたたずまいを有していながら、どこか日本人ばなれしたそのビジュアルは稀有な魅力を放ち、瞬く間に我が国のファッションアイコンと化した。

そんなARATAは1999年、是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』のオーディションを受け、俳優デビューを飾った。『ワンダフルライフ』では、当時、同じくモデルだった伊勢谷友介が映画初出演を果たしている。ふたりは是枝監督の次作『DISTANCE』(2001年)でも共演しているが、マルチな才能を持ち、後にカルチャー全般に活動領域を拡げていく彼らが、俳優としてのキャリアの出発点において共にいたことは実に興味深い。

俳優デビューの年、青山真治監督の『SHADY GROVE』にも出演しているが、これもまた素晴らしい。ストーカーとなって、かつての恋人を追いかけているOLに、なぜか恋してしまう青年を演じている。共感を呼びにくいこの役どころを、一途に想いを伝えるそのささやくような声の魅力だけで成立させており、ARATAの存在感を示した隠れた名作。青山監督には珍しい、スタイリッシュな純愛映画でもある。

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2002年に窪塚洋介と共演した、松本大洋の漫画の実写化映画『ピンポン』で、俳優ARATAは大ブレイクを果たす。このとき扮したメガネ男子のスマイル役は、彼のナイーヴな個性を多くの観客に植え付けた。窪塚とは後に演劇界の雄、前田司郎の監督デビュー作『ジ、エクストリーム、スキヤキ』(2013年)でも共演しており、これまた大傑作である。

だが、ここでメジャーなシーンへと越境しなかったのが、彼のセルフプロデュースが優れていた点であろう。ファッションやアートに対する理解が深いARATAには、映画もまたサブカルチャーのひとつ、という認識があったのではないだろうか。人気者になっても、インディーズ作品に積極的に出演を重ねる。この点は現在でもまったく変わらない。冒頭に掲げた4作品は新人監督の作品や自主制作作品ばかりである。

伝説の映画人、足立正生監督の復帰作『幽閉者 テロリスト』(2007年)に出演したARATAは、足立の盟友、若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2008年)にもキーパーソン役で抜擢されている。そして、インディーズの王と呼んでいい若松とのこの出逢いが、ARATAの運命を変えたと言っても過言ではない。その後も若松監督の作品に多く出演し、2012年の主演作『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』で、三島由紀夫を演じた際にエンドクレジットに「ARATA」という英語名が流れることに違和感を抱き、このときから本名の「井浦新」名義で活動を再スタートさせている。

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俳優、井浦新の個性を決定づけているのは、何と言っても「浮遊感」だ。あっさりした顔立ちということもあるが、何を考えているかよくわからないキャラクターを演じたとき、その効力はとりわけ光る。

たとえば、蜷川幸雄監督の『蛇にピアス』(2008年)では、サディスティックな男を体現していたが、正体不明な面持ちが、単に不気味さにつながるだけではなく、どことなく不安定な「人間的な弱さ」さえ感じさせる。それが井浦の表現の奥行きであり、深さだ。

つまり、凶暴さと同時に繊細さがある。それは、凶暴な役もできるし、繊細な役もできる、ということではない。ひとりの人間の中にある、凶暴さと繊細さを、共に「予感させる」力が、井浦新という俳優にはある。

何も彼はミステリアスな役ばかりを演じているわけではない。普通の役もたくさんある。だが、映画『かぞくのくに』(2012年)のように真っ当に苦悩しているキャラクターのときも、あるいは、映画『君に届け』(2010年)の体育教師のときも、この人物はあるとき、爆発してしまうのではないか、あるいは、かつてとんでもない爆発を起こしたことがあるのではないか、そんなふうに「架空のプロフィール」を観る者に想像させるのだ。

最新作『光』では、許されない罪を背負った男が、さらに取り返しのつかない現在に踏み込んでいく様を演じている。淡々と暮らしているはずの主人公の奥底で、静かに、ゆらゆらと燃え続けている「青い炎」。飼いならすことも、抑止することもできない、己の獣性に、ほとんど無頓着なまま生活している彼の無意識を、井浦は全身で表現。その行方から目が離せなくなるだろう。

考えてみれば、彼は映画『ウルトラミラクルラブストーリー』(2009年)でも、映画『悼む人』(2015年)でも、幽霊の役を演じていた。幽霊には「浮遊感」がつきもの。また、幽霊は自分自身の強さにも弱さにも無自覚な存在である。井浦新は、そんなふうに観る者の好奇心や想像力を心地よく刺激する俳優なのだ。 

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