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こんなふうにしか伝えられないことがある。曽我部恵一「Beginners」

曽我部恵一
「Beginners」


戦争を前にしたとき、ミュージシャンはいかなる態度をとるのか。
 ある者は、拳を振り上げて反対を表明するだろう。ある者は、傷ついた人々のかなしみに寄り添うだろう。ある者は、フラットに状況を提示してざわつく心象を鎮めるような冷静さを見せるだろう。ある者は、あえて無言を貫くだろう。
 曽我部恵一が選んだのは、そのどれでもなかった。いや、そのすべてだったというべきか。
 ロシアがウクライナ侵攻を始めたニュースが全世界に突き刺さったすぐ後の2月25日、彼はYouTubeに「Beginners」と題する楽曲をアップした。
 曽我部は、戦争が始まって、といきなり、本題に入る。そうして、東の空があかるくなる、そんなに遠いわけじゃないウクライナ、と続ける。
 非日常から歌い出すが、主語のない日常の中で呟く。ウクライナとの距離を、歩いて行けば88日と13時間、と示し、だそう、と軽くいなし、あ、そう、と素っ気なく突き放す。
 冷ややかなのではない。常温なのだ。熱燗でも、冷酒でもなく、常温で日常という酒を飲む。それが、曽我部恵一の態度。
 ウクライナに、cryの一語を添え、哀を表明しながらも愛は叫ばない。簡素でメロウな音像に、常温のギターを響かせながら、戦争よりもセックス、とリフレインする。
 こんなふうにしか伝えられないことがある。だから、受けとることができる。それが表現。
 同時代に、この音楽家がいることを誇りに思う。

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