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サカナクション「忘れられないの」

サカナクション
『834.194』



冒頭曲「忘れられないの」に
尽きる。サカナクションの
楽曲を最も特徴づけているのは「駆
けあげる」感触ではないか。それ
は、その都度、取り込む音楽のジ
ャンル性や音像にかかわりなく、
それぞれのリズムやスピードにも
影響されることなく、屹立してい
る感覚である。
 駆けあがる。それはときに高揚
として、あるいは叙情として捉え
られてきたかもしれないが、「忘れ
られないの」を耳にすると、まっ
たく新たな感慨を呼ぶ。
 一聴して1980年代の和製シ
ティポップスを胎内におさめた「解
釈」の産物であることが明瞭なこ
の曲は、模倣の粋に留まっていは
いない。つまりこれはパロディ
ではないしオマージュですらない。
 現在が、現在として求めた結果、
過去に行き着いたというだけのこ
とだ。郷愁ではない。だから、そ
れは過去ですらない。逆に言えば、
過去を過去でなくする現在なりの
必然性がここにある。発見された
過去は現在になる。この真実こそ
が、駆けあがることではないか。
 淋しさも、つまらない日々も、
長い夜も、いつかは思い出になる。
そんな希求が「忘れられないの」
には綴られている。現在を過去に
することこそが未来へと飛翔させ
ることなのだということ。夢みた
いな、千年に一回ぐらいの日を、
永遠にしたい。そうも歌われるが、
そのために必要なのは、きっと諦
念なのだと気づかされる。
 最新の諦念を抱えながら、駈け
あがること。それが成し遂げられ
れば、音楽は、あらゆる時制を超
越することができる。その可能性
が、ここでは証明されている。

2019年

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