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人と森のあいだをひらく -森の声を聴く空師から学んだこと-  [山武市日向の森FW・体験レポート]

こんにちは。
あいだラボ参加メンバの永田と申します。

先日開催された千葉県山武市日向の森におけるフィールドワークに参加してきましたので、私自身の背景も少しだけ踏まえながら森で感じたことを書いてみたいと思います。

【あいだラボ】人と自然のあいだをひらく森の手入れキャンプ ~雅楽と森のしらべ~ @千葉 山武市 日向森

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私自身のことと参加の経緯
私は地域の生活や産業の在り方に大きな影響(*1)を与える、社会インフラの領域に関心がありその周りの事業に関わってきました。過去には日本国内の空港(関西国際空港や新千歳空港等)の民営化に際しての投資の検討や、アメリカにおける天然ガスの事業等を行ってきました。現在は、再生可能エネルギーの領域で、中央集権ではないいわゆる「分散型エネルギー」を創出することを通じて、新しい時代の地域経済や文化を形作ること活動を行っております。

今回参加したのは、日向の森における取組が、私の問題意識と関連しているように直観した為です。私は、現代の社会はますます「スムーズ」になる一方、私たちの生活を形成する様々なものが、「誰かが提供してくれる」いわば所与のものとなってしまい、結果として地域社会の繋がりや自然に対する有難みを希薄にしていると思っています。例えば、過去には地域のエネルギーを自給する為には地域社会が共同で森から薪を取り、そしてその恵みを受ける為に当たり前のように信仰が根付いていたと思いますが、こうした感覚が稀薄化してきていることが現代社会における様々な問題の根源になっていると感じます。この問題意識にアプローチする為に「社会的共通資本」(*2)といった考え方にも着目しており、日向の森の案内を見た時に何か通ずるものがあると感じ、参加をしました。

(*1)例えば、水源の町として知られる群馬県水上という地域があります。この地域は近代に入ってからは(良くも悪くも)ダムによってその産業や経済、ひいては人々の生活が大きく影響を受け、地域社会が形作られてきました
(*2)経済学者の宇沢弘文先生が提唱された、優れた文化や豊かな社会を形成する為の、「社会的装置」に関する考え方

日向の森で感じたこと
こうした背景もあり参加した今回のフィールドワークですが、林業・空師ユニットWO-unさんのナビゲートのもと、伐倒やしがらみづくりなど森の手入れ体験をさせていただき、とにかく示唆に富んだ素晴らしい経験でした。ここでは私が特に感じたことを書いてみたいと思います。

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1. 森を身体感覚に落として、全体を直観する
WO-unさんに森を案内頂いた際に、森の地図を渡されました。その地図は普通の地図ではなく、森が人間の身体に例えられ、「このエリアは頭」「このエリアは腸」のような形で、WO-Unさんが手を入れている森の各場所に、身体の部位があてられていました。

そして、森を進んでいくと、「今から胃に入りまーす」というような形で案内を受けます。世の中はフラクタルのように全体と部分が同じようなパターンを持って繰り返していると思っていますが、森を人の身体に例えることは、「森が生物である」ということを直観する上で非常に力強いメタファーであると思いました。そして、このことがフィールドワークを通じて感じていた「森が身体感覚に落ちていく」ということを象徴的に現わしていると感じました。

他の場面では、勾配があって深い森へと続いていく場所の「流れ」を良くするために、水はけを改善する作業を参加者が実際に行いました。水が流れる為の細く深い穴を掘り、そこに通じる水の道を作り、その道の通気を良くする為に細かい枝などを敷き詰めた上で、再度土を上に被せる作業でした。ほんの1時間程度の仕事ではありましたが、実際に身体を動かして森に積極的に関わることで、「森に手を入れる」ということの感覚を少しだけ得ることができました。

上記のようなメタファー的な頭での理解と、身体を通じた森とのコミュニケーションを通じて、目に見えている森の裏側にある複雑なシステムが少しだけですが身体に落ちてきたような感覚を持ちました。この感覚を継続的に得ていくと、「森の状態」といったことが直観的にわかっていくのではないかと思いました。この直観は、より一般化すると、森の状態を判断するといったことに加えて、複雑に絡み合った社会の中で、「何かを変えれば全体のバランスも変わる」といった全体感を直観できるようにもさせると思い、現代を生きる上で重要な感覚だと思いました。

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2. 森の雅楽で感じた、時間感覚
フィールドワークの1日目の夜には、花舞鳥歌風遊月響雅楽団さんによる雅楽の演奏がありました。この経験は、こうした文章ではとても表せない程新しく特殊な経験で、今でもその余韻の感覚があります。中秋の名月が快晴の夜空に浮かぶ中、森の中の少し奥まった場所ながら程よく開けた空間で篝火が焚かれながら雅楽を聞くことは、過去のどのような空間とも違う体験で、心から豊かな時間であると感じました。

この際に思ったことは、雅楽が平安の時代の「時間感覚」のようなものをそのまま冷蔵保存してタイムスリップさせているような感覚を覚えたことでした。同じようなことを鹿児島の伝統音楽を唄う「唄者」の方の音楽を聴いた時に思ったことがありましたが、伝承されてきた音楽は、言葉ではどうしても残すことができない、主観的で体感的な「経験」そのものを運んでくれる媒体であると思います。この保存された感覚を、同じく何千年も変わらない森という自然環境の中で聴くことができたことは、本当に貴重な経験であったと思いました。

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3. 森と人との「関わり方」に関する新しいモデル
冒頭の私の問題意識とも関係しますが、日向の森は、今後人々がどう森と関わり、「社会的共通資本」を守っていくかということに関して、素晴らしいモデルを実践されていると感じました。まず、行政でもいわゆる純粋な営利民間企業でもない主体が地域や森と関連したい人々を緩やかにネットワークして、人間が継続的に森と関わる運動になっていることがとても興味深かったです。また、そのネットワークの仕方も、WO-Unさんのお話では「中央で引っ張る人がいる」というものではなく、緩やかに関係したい人が自発的に関わっていって運動が続いていくという発想をもたれているようで、「森を守る」という長期の時間軸に合った、息の長い活動に繋がるように感じました。

また、この取組が「正義感によって実行されている取組ではない」というお話も非常に印象的でした。1日目の夜に、森の中のオープンキッチンで皆んなで共同で作った食事をもとに(私は食べただけでしたが、、)、森で焚火を囲みながら食事会が開かれました。月夜の下でともに作業をして作った食事に加えて、そこには音楽があり、周りには森があり、また子供たちが遊んでいたり、とにかく豊かで楽しい時間であると感じました。この食事会がまさに象徴的でしたが、根底にあるのが楽しむということであり、だからこそ色々な人々が自然体で継続的に関わっていけるような感覚を得ました。

都市化の結果人と森とが分断されてきた中で、現代において森との関係を生活に取り戻す意味で、日本の様々な場所でこうした運動が展開される未来を想像すると、ワクワクする感覚を覚えました。

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おわりに
今回のフィールドワークは、身体感覚や森と関わるあり方等、様々な確度から違った体験や考えを得ることができ、未だに消化途中であるような深い体験ができました。そして、このような体験をもたらすことができる森というフィールドの奥深さを改めて感じ、古くて新しい未来の社会のあり方の一片を見れたような感覚を持ちました。

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【執筆者 / 永田拓人】
慶應義塾大学経済学部卒業。欧州IESE経営大学院MBA。福澤諭吉文明塾修了。新卒で住友商事入社。空港民営化・PPP事業、米国のエネルギーインフラ事業を担当。戦略コンサル及び企業投資を行う会社を経て、独立。新しい時代の社会的共通資本の創出をテーマに、エネルギーインフラの分散化/脱炭素化や、都市における精神性を取り戻す「精神性インフラ」の分野で活動。鎌倉在住。
【あいだの探索・実践ラボ】
あいだの探索・実践ラボは、これからの時代のヒトと環境の関係性を二元論を超えて問い直し、再生・共繁栄的な未来に向けてコトを起こしていくための探索・実践型の共同体です。あいだの回復・生成をテーマに、エコロジー×ビジネス×デザインの各領域を横断した学び直しと、各地でパートナーと展開するフィールド体験を通じ、理論・身体実感・風土に根ざしたプロジェクト・事業を起こしていくための運動体を目指しています。
詳細・メンバシップ登録はこちら:https://aida-lab.ecologicalmemes.me 
【一般社団法人 Ecological Memesについて】
エコロジーや生態系を切り口に様々な学際領域を横断する探究者・実践者が群れていく共異体として活動。人が他の生命や地球環境と共に繁栄していくリジェネレーションの時代に向け、個人の生き方やビジネスの在り方、社会実装の方法論を探索しています。
https://www.ecologicalmemes.me/

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