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山の歴史語り

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愛知厚顔による山にまつわる歴史語り
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遙かなる北千島の山

遙かなる北千島の山

昭和12年ごろ私の父は北千島にある幌筵島(ぱらむしるとう)の無線電信局勤務となり、単身赴任していた。
翌年の夏に母と一緒に父を訪ねた記憶がある。いまはロシア領となっているが、船で島に向かうとき深い霧の中から高い山が突き出ていた。大人たちが「あの山は北海道で一番高い」と、云ったのを母が覚えており、後になって私にそれを教えてくれた。

この時代、千島列島は北海道の一部とされていた。たしかに大雪山旭岳(

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鈴鹿山中の鉱山跡

鈴鹿山中の鉱山跡

雨乞岳への道を朝明から根平峠を越え愛知川沿いに進む。杉峠の下あたりに段々の石垣が残る。これが御池鉱山跡である。最盛期は明治~大正年間だが、大正7年には金7㌘、銀4千㌘、銅2千5百㌘、銀銅鉱5百9十頓、合計4万6千5百円とある。
私が岳友と昭和25年ごろ雨乞岳登山のときに通過したが、まだ残務整理の人が住んでいた。向かい側の雨乞岳山腹にぽっかり鉱口が開いており、坑道の水が流れ落ちている。鉱山の人は

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