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老け薬に抗う晩秋アナキズム

怖ろしいことである。
世の中には、「老け薬」というものが存在する。

それは、いまわたしが毎朝飲んでいる薬だ。
勿論、老けることを目的に飲んでいるわけではない。


詳しい薬の名前はここには書かないが、わたしの罹患した病気と、
それに少し詳しい人、そして経験者ならすぐにピンとくるだろうと思う。
それは自分の体に有益な、大切な作用がある良薬なのだが、重大な副作用は、

「老ける」。

とにかく、この一言に尽きる。

薬を飲み始めて2年半、様々な不快な症状と地味に戦っているが、
そのすべての地味な副作用が帰着するところ、それが「老化」なのだ。
同じ薬を飲んでいる方のなかには、医師に「これを飲み始めると10歳老けます」と言われた方もいた。それを聞いて、ぎゃあ、と思ったが、いい得て妙というか、実際のところは、まさに仰る通りという感じなのだ。

信じられない。

昔から、小柄で童顔なこともあって、年齢よりずいぶん年下に見られてきた人生であっただけに、自らの急激な老化には戸惑いしかない。
日々、落語を聴いたり骨董品を愛でたりなどして、お婆さん暮らしに余念のないわたしだが、体までがたがたになっては、ただの本当のお婆さんではないか。

お婆さんのお婆さん暮らしなんて、「お婆さん暮らし」じゃない。

そんなの、ただの「暮らし」である。

愛するデヴィッド・ボウイとカトリーヌ・ドヌーヴ、スーザン・サランドンが出ている『ハンガー』(1983)を思い出した。この映画の中でボウイ様は分刻みに老化する吸血鬼を演じているのだが、わたしの体感も正にそんな感じだ。日々刻々と老け込んでゆく。ならばせめて男前の血でも吸わなきゃやってられん。

ちなみに、美しいのか美しくないのか分からない映画だ。
出ている人は美しいのだけども。


毎朝毎晩、鏡に映った自分の顔を見ると、エアロスミスの『Dream On』を口ずさみたくなる。毎朝、薬を飲むたびに腹が立つ。

精神衛生上、極めて好くない。

そこで思い切って、その薬を止めたいと医師に相談した。しかし、目標10年、せめて5年飲み切ってから断薬を検討しようか〜とあっさり笑顔で言われてしまった。
因みに、5年飲みきりまであと2年半もあるのだ。あと2年半この薬を飲み続けて、人より早くお婆さんになるのと、再発・転移にびくびくしながらも年齢相応に生きていくのとどちらを選ぶのか。このことを考えると、いつも答えが出なくなる。

そこで、親しい友達に相談したりするのだが、みんな答えに窮するのか、結局話をそらされてしまったりして、忸怩たる思いだけが残る。これでは「あたい、急激に老化してるよ!」という話を披露しただけではないか。

そんな中で、よく一緒にお酒を飲む仲良し2人と、先日昼からワインを飲んでいた時にこの話をしたところ、「もし家族が同じことで悩んでいたら、あと2年半は頑張ってみたらと言うと思う」と口をそろえて言ってくれた。

このアドバイスはとても心に刺さった。

わたしは人生総じて、いつ何時でも基本ひとりでぷらぷらしており、目下の悩み事と言えば落語や歌舞伎の大名跡を誰が襲ぐのか、ぐらいだったので(しかも誰もわたしに相談していない)、この件に関しては「老化による不快な事象が不快」ということしか考えていなかったのだが、ああ、わたしの周囲にも確かに大切な友達や親族がいて、みんな、愛ちゃん元気でいてくれるといいな、とか、愛ちゃんまだ死なないでほしいな、とか、すこしは思ってくれているんだよな、ということを思い出した。

そして、すっかり忘れようとしていたが、わたしのがんのタイプは悪性度MAXだ。
その他の数値も、徹底的に予後が悪いタイプだった。本当は、いつなにがあってもおかしくないのだ。

いつも心に「愛・死ぬかも説」、実践的メメント・モリだ。

まあ、実際のところは、昔から「いつ死んでもいい」気もしているのだが、
少なくとも、ストーンズとアルフィーより先には死ねない。
絶対それだけは厭だ。

諦念。
気に入らぬ風もあろうに柳かな。

あと2年半がまんしてもうすこし自ずから進んで婆さんになり、2年半後にまた、残りの5年のことを考えようと思う。

ただし、全力で不快な副作用に抗う。
突然ボディビルを始めた三島由紀夫並みにだ。
いやむしろ、アナキスト伊藤野枝ぐらいの勢いでだ。

今後2年半の二郷愛に、乞うご期待。

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