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今日の1枚:ヴィヴァルディ《四季》ほか(リナ・トゥール・ボネ独奏)

ヴィヴァルディ:四季 Op.8/1-4
ピアソラ:ブエノスアイレスの四季
Glossa, GCD924703
 リナ・トゥール・ボネ(バロック・ヴァイオリン、指揮)
 ムジカ・アルケミカ
 クアルテート・アルケミコ
 録音時期:2023年11月27-29日


vivaldi bonet
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 ヴァイオリン奏者のリナ・トゥール・ボネは以前ラヴェルの室内楽作品を入れたアルバムが話題となりましたけれども、本業というか、メインの活動領域は古楽であって、ビーバーの《ロザリオ・ソナタ》やコレルリのヴァイオリン・ソナタ集作品5の全曲録音などをリリースしていました。今回世に出たのはヴィヴァルディの《四季》をメインに、近年わりとよく見かける、ピアソラの《ブエノスアイレスの四季》を併せるというプログラムによるアルバムです。ボネはヴィヴァルディについても、すでにソナタ&協奏曲集というアルバムを2点ほど出していたので、待望の1枚と言えるでしょう。共演は彼女が率いているムジカ・アルケミカで、各パートひとり、低音部はチェロ、ヴィオローネ、リュート、チェンバロで構成されています。楽譜はマンチェスター版を用いています。
 伴奏部を各パートひとりで、というのは近年のヴィヴァルディ録音によく見られるもので、《四季》でもこの編成による録音はずいぶんと増えてきたように思います。そのなかでも印象深かったのは、ロマンチックと言えるほどに濃密に歌い上げたエンリコ・オノフリとイマジナリウム・アンサンブル盤(Passacaille)や、アグレッシヴに音をぶつけてくるアマンディーヌ・ベイエールとリ・インコニティ盤(Zig-Zag、現在はAlpha)あたりでしょうか。そして、ボネとムジカ・アルケミカは、ここでそのどちらとも大きく異なる世界を繰り広げています。
 まず全体のサウンドですが、例えばリ・インコニティは小編成ながらかなりのオンマイクによって、硬い発音を強調してガツンとした響きをディスクに刻んでいました。それに比べると、ここでのムジカ・アルケミカは響きの透明感やスタイリッシュなまとめ方が際立っています。シャープなアクセントもあるけれども、それが塊として耳に飛び込んでくることはなく、合奏の合わせ方は、各声部の風通しのよさを感じさせます。ただし、低声部はしっかりと音が入っていて、特にリュートの活躍ぶりがよく聞こえてくる。これは音量的な問題だけではなく、アルペジオの弾き方やら合いの手の入れ方やら、全編を通じて非常にセンスのある、それでいて出しゃばらない弾きぶりにあって、当盤の聴きものの一つと言っていいかもしれません。
 そのうえでボネは、疾走するような軽やかさを打ち出してすいすいと進んでいきます。近年のヴィヴァルディ演奏で定番となっている即興的な装飾の付加も積極的に行っていて、楽譜とまったく異なる箇所も少なくありません。しかしそれらは、いくぶん細身の音色もあって、アクの強さを強調することなく、優れたリズム感と快速のテンポに乗って音楽の中に融け込んでいく。そのへんのバランス感覚というか、全体への目配りが心地よい音楽に貢献しています。
 さて、この曲では近年、楽譜上の特定の楽句に添えられた「吠える犬」「銃声」といった描写性を示す語句にどう反応するのか、というのが、演奏における見せ所となっています。ムジカ・アルケミカはどうか? 彼らもそうした語句による指定にはよく反応しているのですが、それが描写的かというとちょっと違う気もします。例えば《春》第2楽章の「吠える犬」と記されたヴィオラの楽句は、吠えていると言うよりもなんだかくしゃみをしているみたいですし、《夏》第2楽章の「雷鳴」も、激しくはあっても雷鳴を思わせるほどではない。それでも面白いのは、その「吠える犬」や、やはり《夏》第2楽章の「ハエと虻」などは、思い切り作り込んだ音色を披露して、全体の響きに対する異化作用をもたらしている。それは、字義通りの描写と言うよりも、その描写性を手がかりにしてさまざまな音色を生み出す奏法を演奏に盛り込み、弦楽合奏のサウンドを拡張することに重点を置いているように聞こえるのです。その頂点と言うべきはおそらく《秋》第3楽章で、「銃声と犬」と記された箇所では、ゴリゴリとしたアクセントや強烈なピチカート(いわゆるバルトーク・ピチカートに聞こえる)を存分に使うことで、迫力ある音響を繰り広げています。
 スタイリッシュであると同時に、弦楽合奏の色彩の可能性を伝えて、非常に面白い演奏となりました。
 併録のピアソラは、ムジカ・アルケミカのメンバーから成る四重奏団による演奏です。こちらもノリのよい演奏でたいへんよろしい。

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