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懐かしい1枚:ブラームス、ヴァイオリン協奏曲ほか(ヨゼフ・シゲティ独奏)

ヨゼフ・シゲティ:ヨーロッパ・コロンビア録音集第3巻
Pristine Classical, PASC682
ベルリオーズ:夢とカプリス作品8(録音:1946年8月26日、コンスタント・ランバート指揮フィルハーモニア管)
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64(録音:1933年9月27−28日、トマス・ビーチャム指揮ロンドン・フィル)
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77(録音:1928年12月3−5日、ハミルトン・ハーティ指揮ハレ管)
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調作品108(録音:1937年12月8日、ピアノ:エゴン・ペトリ)
同:第2楽章(録音:1927年7月1日、ピアノ:クルト・ルーアザイツ)
ほか小品13曲
復刻:マーク・オバート=ソーン

 「懐かしい1枚」といっても、当然ながらこのアルバムに収められた録音を初出で聴いていた訳ではありません。ただ90年代前半に英Biddulphレーベルが多数リリースしたSPの音を復刻したCDを聴いて以来、一時期SP時代のヴァイオリン録音を復刻盤で集めることに熱中していた時期がありました。そのときに出会ったのが、ヨーゼフ・シゲティによるいくつかの録音だったのです。なかでもブラームスのヴァイオリン協奏曲の、シゲティにとって1回目の録音となる当盤収録の音源には非常に思い入れがあります。
 なぜかと言えば、1930年代以降のシゲティの録音は、CD時代から比較的良質の復刻に恵まれていましたが、1928年録音のこのブラームスについては、英Pearlや日EMIなど、けっして成功したとは言い難い復刻しか入手できず、歯がゆい思いをしたからです。
 ヨゼフ・シゲティ(1892−1973)は日本でも一部の録音がたいへんに評価が高く、ほとんど神格化されていた時期もありました。そのときの紋切り型的評価というのが「技術的には欠陥があるが精神性が高い」といったものだったことは、記憶にある方も多いことでしょう。確かに当時好評を得ていた録音は第2次世界大戦後の、かなり技術的におぼつかなくなっていた頃のものばかりで、それらを褒めようとするとそうした文言になってしまったのでしょう。しかし、第2次大戦前の彼の録音を聴くと、確かに技術的に甘いところはあるし、音色もブリリアントな輝きや官能的な色艶とは縁遠いけれども、温かい音色には独特の魅力があり、溌剌とした弾きぶりを披露して、骨董品のかけらを無理から褒めるような態度で接せずとも、気持ちよく聴けるものがいくつもあるのです。例えば当アルバムに収められたビーチャムとのメンデルスゾーンや、同じシリーズの第2巻に収められたブルーノ・ワルターとのベートーヴェンの協奏曲(宇野功芳氏のエッセイで有名になった録音ですね)などがそれにあたります。
 このブラームスも、シゲティのヴァイオリンがかなり好調で、印象的な演奏を刻んでいることは過去の復刻で聴き知ることができました。しかし、この録音はあまりに音が悪い。オーケストラの低声部がとらえ切れてなくて、全体が非常に痩せた響きになってしまっている。同時期にフリッツ・クライスラーがレオ・ブレッヒと共に入れた録音がありますが、そちらと比べても明らかに録音の不良が目につきます。過去の復刻ではこの点を上手く解決できたものがなかった。英Pearlも日EMIも、その痩せた音をそのままに拾って、とても聴ける状態ではありませんでした。ひとりナクソスの復刻盤は、低声部を思い切りブーストさせてどうにかサウンドを立て直していましたが、そうすると今度は全体の響きがまとまらないし、シゲティの独奏もクローズアップが過ぎてうるさくなってしまった。
 それに比べると、このプリスティン・クラシカルによる復刻はかなり満足のいくものになった気がします。低声部にはナクソス盤ほどの力感はないし、ヴァイオリン独奏もやや遠めに感じられますが、全体にバランスがよく、いくぶんこもったような独奏の弱音も含めて、聞きなじみのいい音に仕上がっています。その中で時に激しく、時にロマンチックに歌い上げるヴァイオリンの、表情の変化の豊かさがよくとらえられていると思います。
 オンライン・ショップでの復刻音源販売に特化されたプリスティン・クラシカルは、ノイズを分離するための独自の音加工や積極的なピッチ補正などに熱心で、日本でのSP復刻ファンが好むような「盤に刻まれた音を忠実に転写する」という方法論とは真逆の立場をとるレーベルですが、往年のSP録音やモノラル録音をこんにちなお音楽として楽しむのであれば、こうした方法論はありなのではないでしょうか。

(本文1570字)


szigeti, europian columbia recordings, vol.3

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