【小説】日曜日よりの使者 第5話
第5話
「あのさぁ、他の番組って見れないのかな?」
運んできた食料を食品庫へ納める使者の背中へ向かって、僕は尋ねた。
「さすがに飽きてきたんだよね。日曜日の番組だけしか見られないのってさ」
ちゃんと内容は変わっている。同じものがくり返し流されているわけではない。それでも、たまには違うものが見たい。
「月曜日から夜更かし」「水曜日のダウンタウン」「金曜日のスマイルたちへ」等々、他曜日の番組が思い浮かんでくる。
流し台にいくつも並べられていたカップラーメンの容器を逆さにし、残ったスープを捨てた使者は、シンクを水できれいに流してからこちらを振り返った。
「申し訳ありません。日曜日の国では、他の曜日の番組を見ることはできません」
そう言って、手際良く排水口のゴミ受けフィルターを取り替える。
「まあ、そうだろうと思ったけどさ……」
聞こえないくらいの声で呟いた。なんとなく、わかっていたことだった。
「それじゃあさ……」
髭でぼうぼうになった顎をこねながら口を開いた。使者はポケットから取り出したハンカチで手を拭き、こちらに顔を向ける。その目線を避けるように下を向いた。
「あのさ……」
指先で顎を掻く。髭がごわごわと音を立てる。そっと反対側の手を後ろに回した。尻ポケットに入っているものを確かめるように、布の上から手でそっと押さえる。
「はい」
使者がまっすぐにこちらに身体を向けた。僕はもぞもぞと身体を動かすと、
「ごめん、やっぱいいや」
と両手を後ろに組んだ。
「それでは次回、なにかご入り用のものはございますか」
僕が答えられないでいると、使者は黙って一礼し、去って行った。ドアが閉まる音が止むと、僕は尻のポケットからスマホを取り出した。
スマホが使えない状態になっていることに気付いたのは、つい数日前だった。脱いだ服の下に転がっているのを踏みつけて驚いた。
日曜日はいつもスマホを見ないことにしている。僕の上司は、なにか思い付いたことがあると休みの日であるにもかかわらずメッセージを送ってくる。さすがに返信を求められるわけではないが、受信の表示を見て電源ごと落としてしまうこともあった。せっかくの日曜日を邪魔されたくない。
日曜日は誰とも会いたくないし、話したくない。
そのせいか、日曜日の国に来てからスマホの存在すら忘れていた。
スマホに触れた途端、すっかり頭から消えていた元の世界とつながったような気がした。色んな顔が次から次へと浮かび上がり、脳裏を駆け抜ける。懐かしい、という甘苦しい想いが一瞬にして恐怖に変わった。慌ててスマホから手を離し、上からクッションを被せる。
次の日になって、そっとクッションを持ち上げた。スマホはまだそこにあった。画面は暗いままで反応はない。
しばらく眺めていたが、おそるおそるボタンを押した。画面がぱっと明るくなる。驚いて飛び上がった。
ここにきてどのくらいが経ったのか、まったくわからない。充電がかろうじて残っていることが意外だった。
けれども、どのアプリも動かない。不思議に思って触っているうちに、充電が切れたスマホは再び真っ暗な画面に戻ってしまった。
ゴミを積み込んだ使者の車が去っていく。エンジンの音が遠ざかり、僕の部屋に再び静寂が訪れた。
無意識のようにリモコンを手に取った。真っ暗なテレビの画面に、自分の姿が映っている。髭はぼうぼうで、髪も伸び放題だった。
服の襟元はだるだるになっている。ずっと風呂に入っていないので、身動きするたびに汗と油と熟したバナナが混じったような匂いがした。
部屋を見回す。いくつかの服が脱ぎ捨てられている。もうずっと洗濯をしていない。下着は一週間近く同じものを履いては捨てていた。
カーテンはずっと閉められたままだ。だらだら過ごしているうちに意識が落ちているので、昼でも夜でも電気はつけっぱなし。ベッドではないところで寝ることの方が多い。
使者が片付けていくまでは、テーブルや床の上に食べ物のゴミがあふれていた。
これまで、見えていたはずなのに目に入っていなかったものが急に迫ってくる。
リモコンをテーブルに戻す。僕は服を脱ぎ捨ててバスルームへ向かうと、勢いよくシャワーをひねり、目を閉じてその中に飛び込んだ。