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【短編小説】徒労の人 ~なぜ書くのか~(全9話)+あとがき

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「犯人はあなただ!」「さあ、聖杯を取り出せ」「紫式部になりたい!」限界まで潜ったその先にある、指先に触れたものをつかみ取れ。あなたは書くために生まれてきたのだから。
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2024年2月の記事一覧

【短編小説】徒労の人 ~なぜ書くのか~ 第7話

   第7話 「ほら、なにぼんやりしてんだい」  鋭い声に、一瞬にして夢想が弾けた。手にしていた算盤が銭桝にぶつかり、音を立てる。  帳場格子の向こう側に、額に汗をにじませた母の姿があった。その横には、小上がりに置かれた背負子が見える。  母が戻ったことにちっとも気づかなかった。慌てて駆け寄り、小上がりに腰かけて手のひらで顔を扇いでいる母の横で、背負子から次々と本を出していく。 「お母ちゃん、これどうだった」  腕に抱えていた中から、一冊を手にして母に向けた。あねさんか

【短編小説】徒労の人 ~なぜ書くのか~ 第8話

   第8話  がくんと身体が揺れ、テーブルについていた両肘が横に滑った。パソコンに頭を突っ込みそうになり、その反射で今度は背中の筋がばねのように縮む。  押し出された空気が声帯を震わせた。悲鳴ともつかない、おかしな音が口から洩れ、それが声が耳から入ってきたことで、しびれたようになっていた肉体に感覚が戻った。ここはどこ? わたしは誰?  たった今見たものは、ただの夢なのか。妙に鮮明で、生々しい感覚が身体に残っている。  小さな貸本屋の薄暗さ、古い本のかびの匂い、手にし

【短編小説】徒労の人 ~なぜ書くのか~ 第9話(最終回)

   第9話(最終回) 「愛馬センパイ、ちょっといいですかぁ……?」  昼休み残り五分。パーテーションに囲まれた誰もいない会議室で、靴を脱ぎくつろいだ格好で本を読んでいると、後輩のリナが入ってきた。 「あー、お邪魔してごめんなさい、読書中でしたか」 「いや、別にいいよ。どうしたの」  本を閉じて脇へ置いた。今度は一体、どんなミスをやらかしたっていうんでしょ。 「なに読んでるんですかぁ?」  珍しくリナがそう言って、本の装丁に目を走らせる。 「『ディアトロフ峠の真相』

【短編小説】徒労の人 あとがきのようなもの+おしゃべり

 このたびは短編小説『徒労の人』をお読みいただき、ありがとうございました<m(_ _)m>  こちらの作品は、2011年に書いたものを大幅に加筆修正したものです。  その頃は文章サークルに通っておりまして。わたしが参加していた教室は基本的にどんな作品を書いてもOKでしたので、提出されるのは小説、エッセイ、旅行記などさまざまでした。  しかしこの時は、 「みなさん、次は『なぜ書くのか』をテーマに書いてらっしゃい」  珍しく先生がおっしゃったのです(*^-^*)  テ