マガジンのカバー画像

【短編小説】望月のころ(全11話)+あとがき

12
透、武、さくら、環は高校の同級生。卒業してから10年、武とさくらが結婚し子供が生まれてからも四人組は親しくしていたが……西行法師の詩から始まる、一途で切ない恋愛小説。
運営しているクリエイター

#好きな人

【短編小説】望月のころ 第9話

   第9話  遠くでざわめきが聞こえる。  廊下に誰もいないことを確かめると、僕はそっと図書室の扉を開け、身体を滑り込ませた。  夏休み前の短縮期間は、給食を食べたらすぐに下校だ。昼休みがなく、放課後も図書室は解放されない。  けれども、鍵がかかっていないのは知っていた。だからこうして、読み終えた本を返して新しい本を借りるために、忍び込むことは初めてではなかった。  図書室は普段と違って薄暗く、空気が重い気がした。吸い込むと、みぞおちがぐっと押し込まれるような感覚

【短編小説】望月のころ 第10話

   第10話  そこで目が覚めた。  詰めていた息を吐いた。横隔膜が震える。  片方の手で顔を半分覆った。暗闇の中に、愛しい人の姿が浮かんでくる。 「さくら」  名を呼んだ。とたんに、涙があふれる。  すべて終わったはずだった。  それなのに、炎はまだここにある。  激しく燃え盛るのではなく、静かに、けれどもしたたかに、僕の心を震わせている。  行き先を失った僕の心を灯している。  存在したがっている。  生きたがっている。  ああ、と声が漏れた。温か