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山崎ナオコーラ『美しい距離』

介護のお仕事をしている友人と会った。
担当している利用者さんが老衰で亡くなるのを看取ったことを話してくれた。一年のうちに何度もひとの死を看取るということは、わたしにはとても想像できない。

自分が担当したひとの看取りが続くことを、どうとらえるのか。
日々その現場に立ち、逃げずに向き合った彼女が辿り着いたひとつの答えが、
「死神とおもうより、エンジェルと思うことにしたんだ」

この言葉にわたしは拍手したくなった。ほんとうに、その通りだとおもう。

彼女が死神であるはずはない。でも自分が同じ仕事をしていたら、きっとそう思って自分を追い詰めてしまっただろうとも想像できる。だからこそ、わたしは、彼女の言葉、仕事への姿勢、そして亡くなっていくそのひとと向き合う姿に、拍手を送りたい。

実際、彼女は、亡くなっていくひとにとってエンジェルだったのだろうとおもう。ほんとうのところは確かめようがないけれど、少なくともわたしが知っている彼女はそういうひとだ。
背伸びせず、自分に嘘をつかず、それでいて心地よく一緒に過ごせるひと。わたしが落ち込んでいるときも、むやみに励ますでもなく、一緒に巻き込まれることもなく。
彼女のひととの距離感は、なんとも絶妙だ。つかず離れず、軽やかに、あたたかく。


彼女のような人が自分の担当になったら、安心するのではないだろうか。自分が弱っているとき、できないことが増えていくとき、彼女のような人が隣にいるとおもったら、わたしは安心できる。安心して、弱った自分の手から溢れるものを委ねられる。

死は、誰にとっても、はじめてのこと。
こわい死神と行く道よりも、天使と一緒に行く道の方が魅力的だ。この世とあの世のあいだに安心の橋が渡されたとき、死への抵抗が軽くなるのかもしれない。


ひととの、その心や感情といった深部との、美しい距離をはかるセンスに長けている。
そんな友人と食事をした帰り道に、思い出した一冊。

山崎ナオコーラ『美しい距離』(文春文庫)

美しい距離をもつひとは、生きる姿も美しい。

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