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First Love 初恋

おそらくはバッドエンドというか、切ない結末になるんだろうなと思って観始めた作品が、ハッピーエンドだった時の幸福感といったらない。

時にまともに観れないほどに眩しくて、時に目を背けたくなるほどに哀しくて、時に胸をかきむしりたくなるほどに痛くて、最後には涙でスクリーンがまともに見えなくなるほどに温かい作品だった。

晴道と也英の初恋の物語であると同時に、二人の2度目の初恋の話でもあり、綴の初恋の話でもあり、家族や友人、同僚との愛の話でもあり。

高校時代に恋に落ちた晴道と也英。同い年のポップスターの活躍に、誇らしさと羨望と、ちょっとばかりの胸のざわつきを抱えながら、本当にキラキラした青春を送る二人。
一方現在、空自のパイロットを辞めビルの警備員として働く晴道と、バツイチ子持ちのタクシードライバーになっている也英。学生時代のあの煌めきはもうなく、お互い「パズルの大事なピースが欠けた」ような日々を過ごしている二人。

公開前から数種類の予告編を何度も見ていたけど、二人の仲を絶つ決定打がまさか事故による記憶喪失だとは正直思ってもみなかった。(韓ドラか!と思わず心の中でつっこんだ。笑)
あの事故がなかったら、と考える。
あの事故がなかったら、あの事故がなかった方の世界線、パラレルワールドでは、二人は一体どんな今を生きていただろう。
正直に言ってしまえば、そっちでだって、というかそっちの方が、二人がもっと早く一緒に幸せになれていたんじゃないかと思う。事故の前の諍いが、二人を引き裂いていたとも思えない。
でもそっちの世界線では絶対に登場し得ない人物がいる。也英の息子である綴だ。
30歳を目前にして、親になってもおかしくない年齢になったと言えど、実際に親になっていない以上は結局のところ「子を思う親の気持ち」を私は本質的には理解しようがないけども。
それでも思う。也英の”今”を肯定する要は、他でもなく息子の綴だ。アルバムの中でしか知り得ない、高校から大学時代にかけての輝いていた日々の思い出の喪失も、叶わないままに蓋をした夢への渇望も、合理的というか単に無神経としか言いようのなかった夫からの裏切りも、義母から浴びせられた謂れのないひどい言葉たちも、そんな痛みも全部、肯定させてくれるのが綴の存在だ。
私は今の幸福で過去の苦労や困難、苦痛を上書きすることはできないと思っている。入っているフォルダがまるで違うのだから、今がいくら幸せだろうと、過去を全部美談にすることはできないと。
でももしかしたら、想像でしかないけれど、子どもの存在っていうのはその上書きを可能にさせるかもしれない。
綴の初恋を微笑ましく見守りながら、綴の作り出す音楽に胸を震わせながら、綴を愛することを通して也英はきっと、「こちらの世界線」をも愛することができたはずだ。
だってそもそも晴道と也英の再会を引き寄せたのだって綴なんだしね。

とにかくとにかく、キャストが素敵すぎる作品だった。
やっぱり大好き満島ひかりさん。誕生日同じってことが光栄でしかない佐藤健さん(案外煙草吸う姿もイケてました!)。これぞ青春!な二人を体現してくれた八木莉可子ちゃんと木戸大聖くん(木戸くん完全に初見だったけど、とても瑞々しくて笑顔が眩しかった)。
なぜか常に赤がドレスコードの賑やか元気な晴道の家族の面々。(渡辺真紀子さんもまたまたやっぱり大好きすぎる。私の憧れの女性像。)
也英の元夫・向井理さん。優男も似合うけれど、なんだか年々こういう鋭利な感じの役がぴったりに思える(そして相変わらずの圧倒的なスタイルの良さ)。
晴道の恋人・夏帆さん。手話まで出てくるし『silent』を彷彿とさせるしかないタイミングなんだけど、またも報われない恋のヒロイン。『silent』の奈々もそうだけど、芯の強さの周りに弱さも狡さも寂しさも同時に纏った女性。等身大ってこういうことだよな、夏帆さんの演じる「二番手」はいつも切なくて、でも美しい。
也英の同僚・濱田岳さん。もう、最高だった。夏帆さんが「美しい二番手」を体現したなら、濱田さんが体現したのは「不格好な格好いい二番手」。綴が也英の今を肯定させてくれる存在だとしたら、旺太郎は也英の今を一番応援してくれる最高のサポーターだった。
也英の息子・綴役の荒木飛羽くん。木戸くん同様完全に初見だったけど、他作品も拝見したいと思った。顔を正面から見た時のまだ幼さの残る印象と、シャープな鼻筋が作り出す鋭敏でもはやセクシーと言っても過言ではない横顔の印象とのギャップが素敵だった。
綴の初恋の相手、詩役のアオイヤマダさん。まさにガールクラッシュの体現というか、イマドキの伸びやかで勇敢でどこまでもかっこいい女の子だった。(彼氏役の守屋くんにもびっくりしつつ嬉しかった。)
晴道の相棒役・中尾明慶さん(やっぱり彼はこういうちょっと馬鹿でどこまでも気の良いやつがよく似合う)。妹役の美波さん(相変わらずの美しさ、それにしても兄妹の名前が「晴れた道」と「優しい雨」って何それ素敵すぎる。)
そして何より也英の母役・キョンキョン。これまたやっぱり大好きだな、と思った。お芝居されるの久しぶりだったのでは?煙草が似合う男性も好きだけど、煙草が似合う女性もタイプだ。色んな感情を経て、順風満帆とは到底言えなかった人生を経て、所謂「理想のお母さん」とは言えない、沢山のごちゃごちゃを一気に引き受けて、それでもしっかりと立つ「リアルなお母さん」を見せてもらった。
そしてそして也英の父役・新さん。もう、こちらも大好きでしかない。登場シーンなんてほんのちょっとだったのにあの存在感。全身白のスーツ姿が眩しいほどかっこいい一方で、どこか儚げで日差しの中に消えてしまいそうで。優しくロマンチストな伊達男だけど、大切な人を傷つけた汚さもあって。良いところも悪いところも全部くるみ込んだ「素敵なダメ男」を見せてもらった。

これまた『silent』でも思ったことだけど、呼び名というのは偉大だ。
ラストシーン、再会後ずっと「並木さん」と呼んでいた也英が「晴道」と呼ぶことで、それだけで、晴道は也英が自分との記憶を取り戻したことを悟る。
晴道に「失った記憶を取り戻す術はあるのか」と問われ、恒美は「五感への刺激で十分ありえることだ」と返す。
也英が晴道との思い出を取り戻したのは、誰か(綴)と並んで飛行機が飛ぶ青空の下”First Love”を聴いたからだ。
だってあれだけ有名な曲だもの、あの事故以来ちらりとも也英があの曲を耳にしなかったってことは考えづらい。
他でもなく自分が彼に貸したままのCDが入っている、あのCDプレーヤーで、あのイヤフォンで、大好きな人とイヤフォンを分け合って聴く”First Love”だったからこそ、也英は記憶を取り戻したんだと思う。
どこか『エターナル・サンシャイン』に通じるところがある作品だなとも思った。
何もかも忘れてしまっている状態でもう一度晴道と出会って、出会い直して、またゼロから恋に落ちる也英。
何もかも忘れられない状態で再会して、もう一度自分の也英への「好き」を辿り直す晴道。
晴道との記憶を取り戻したあの瞬間、也英の胸はもちろん痛みに襲われたはずだ。だってあれだけ好きで愛していた人のことを忘れていた上に、その人と再会していたのにも気づいていなかったのだ。そんな自分を呪いもしただろう。
でも同時に、也英の胸には熱いものが込み上げもしたはずで。だってまた自分は彼に恋をした。あの事故は、確かに紛れもなく不幸な出来事だったけど、もう起きたことは起きてしまったこの世界線で、二人はもう一度恋に落ちた。多分どの世界線でも、何度だって恋に落ちる。

高校卒業の日、晴道が也英と埋めたタイムカプセルの中に入れた10年後の彼女への手紙。そこに綴られた、おそらく彼女は覚えてないだろう二人の本当の出会いの話。
付き合ってすぐ話してもいいくらいのエピソードなのに、あえて10年後に打ち明けようと思った晴道のかわいらしい愛情が、10年後も也英と一緒にいることを少しも疑っていなかった18歳の晴道の初恋が、切ないだけの結末にならなくて本当によかった。
約束の10年後の日は守れなかったけど、一人タイムカプセルを開けて追加のメッセージを残した晴道の也英への痛いほどの一途な愛情が、長い時間を経てからの晴道の也英への2回目の初恋が、哀しいだけのエンディングを見なくて済んで本当に本当によかった。
也英はきっと晴道に打ち明けたんだろうな、「私も私たちの本当の出会いのことを覚えてるよ」「私もあの日に恋に落ちて、ずっとあの時の切符をしまってたんだよ」って。

エンドロールの末のおまけみたいな短い映像、「好き」が溢れたキスをして笑いあう二人の今の姿に、高校生の頃のただただ無邪気だった二人の姿がちゃんとダブって見えた。

日本のドラマ、まだまだ捨てたもんじゃない。
そして煙草吸うシーンがアリなのも、配信ならではの醍醐味。

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