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バンドマンの恋人

 バンドマンに憧れるひとは多いと思う。自分がなりたいと謂う思いもあれば、つき合いたい、恋人になりたいと謂う気持ちもあるだろう。
 男が女性ミュージシャンに憧れる思いと、女が男性ミュージシャンとつき合いたがる心持ちは違うような気がする。男にとっては憧れの対象、若しくは性慾の対象でしかない。彼らは対象を性的にしか捉えず、音楽的技術は二の次で、見た目のみで判断する。最も重要な事柄は、処女か否かのみだ。
 そもそも、女が作詞作曲し、楽器を操っているなど、烏滸がましいにもほどがある。と、思う輩も居る。
 それは悔しいからだろうか。女に負けるのが許せないのだろうか。ギターでもベースでも、作詞でも作曲でも、女性が優れている場合は幾らでもある。それを許せない男の心理を追求したい訳ではないので、脇へ置いておく。
 こうした性慾重視の男性と違い、女性がバンドマンの恋人になりたいと謂うのは、アイドルに憧れているのとさして変わらない。恰好がいいから、これに尽きるだろう。
 まあ、一概には云えないが、ロックムーヴメントに於ける女性ファンの大部分は、憧れの対象を己れと同じ空気を吸っている人類とは思っていない。
 要するに、憧れるバンドマンを(愚かにも)神聖視し、自分とは違う次元の、それこそ王子様であると思い込んでいるのだ。
 冷静に考えれば(成功した一部を除き)、バンドマンは社会から落伍した生活無能力者である。しかも、大多数は才能もない、自己顕示慾だけ旺盛な寄生蟲と云ってもいいクソ野郎だ。
 それでも(一部の)乙女たちは、ステージに立つ、仮初めの王子様に憧れる。運良くお知り合いになれたとしたら、百発百中、その化けの皮は剥がれるのだが。

 バンドマンの彼女になると苦労が多いのは当たり前の話で、社会不適合者の面倒を看る覚悟を持たねばならない。謂わば、介護能力を問われるのだ。まあ、お襁褓を替える必要はないであろうが。
 インターネットで検索すると、苦労話や不満が数々出てくる。恋人にしてはいけない職業にも挙げられている。
 彼女らの不満は、

・独占出来ない。
・女性関係が派手。
・貧乏。
・音楽を優先する。
・結婚出来ない。

 だそうな。

 つまりこれらを克服すれば、バンドマンとのつき合いはそれほど難しくはないのだ。独占出来ないのが不満なら、独占しようとしなければいい。
 それが出来ないから苦労するんじゃない。
 そうですか。
 しかし、いちファンの立場を崩さなければ、彼が女性に人気があるのは仕方がないと諦められるし、自分もそのひとりだと思えるだろう(実際、そうなのだ)。
 女性関係が派手だと云っても、すべてのバンドマンがそうだとは限らない。一般の男性よりは周囲に女性が多いだろうが、そのひとたち全員に特別な感情を持っている訳ではない。常識的に考えてみるがいい。目につく女に悉く慾情することが可能であろうか。
 ないだろう。誰にだって見た目の好みがある。いいなと思えば気が向くであろうし、ないと思えば目すら背ける。これはバンドマンあろうとも同じことである。
 そもそもバンドマンのすべてが皆、恋愛体質だったり、多情だったりする筈もない。一途な奴も居るには居る。バンドマンとて人間なのだ。普通のひとと変わらない部分もある。
 貧乏なのは仕方がない。定職に就いてバンド活動をしているひとも居るが、本格的にやっていればアルバイトしか出来ない。しかも不定期にしか働けない。そうなれば高い給料は望めない。その上、稼いだ金は殆どバンド活動と生活に廻される。恋人に費やす金など残らない。最悪の場合は彼女に金を払わせるパターンに陥る。払わせるどころか、養ってもらっている場合もある。
 音楽を優先するのは当たり前の話であろう。好きなのだから。そんな彼を好きになった以上、それを受け入れなければならない。
 これはバンドマンに限った話ではなく、鉄道ファンだったら電車や汽車に熱中する相手に合わせなければならないし、漫画やアニメが好きなひとならば、彼がテレビやゲームに夢中になっていても文句を云ってはならない。
 結婚という言葉は禁句である。彼らはこれを一番恐れている。そこへ辿り着けないことを申し訳なく思ってはいるのだから、責めてはいけないし、求めてもいけない。妊娠したと脅しても、堕ろせと云うだろう。しかも、費用は負担してくれない。
 それがバンドマンだ。何か特別なひとだと思うから失望するのである。普通以下の、寧ろクズに近い人間で、女を捕まえれば寄生する、デートしてくれないどころか金をたかる、名前すらまともに覚えない。
 こんな有様である。
 それでもいいと云うのなら、相当覚悟を決めているのであろう。地獄列車の出発を待つばかりだ。それは厭なのか? しかし、それを望むのだろう。
 それを望んではいないのか?
 そうじゃなくてぇ、わたしはちゃんとした、普通の男としてのバンドマンとつき合いたいのぉ。
 おいこら、普通の謙虚な男がバンドなんかやるわきゃないだろうが。自己顕示慾が必要以上に強く、実を伴っていないのがアマチュアバンドマンだ。女は性慾の捌け口としか思っていないし、当然のことながら、ライブハウスで知り合った女と真剣に交際する気など毛頭ない。
 何故ならば、そんな如何わしい場所に出入りする女に興味はないからだ。
 己れが如何わしさの極みにも拘らず、清純な女性を求め、あまつさえ、自分が関わるような音楽に関心がなく、それどころか男性経験が皆無の女性を求めているのだ。
 特にビジュアル系のバンドマンにこの傾向は顕著である。
 なので、ライブへ行ってそのバンドに関わる相手と交際出来ると思うのは、あまちゃんの大馬鹿野郎で、無理に決まっている。

 自分が彼を好きになった経緯を振り返ってみよう。最初はただ音楽が好きだっただけの筈だ。生の演奏が聴きたくてライブへ行った。じかに見たら演奏する姿に惚れてしまった。お喋りしたい、親密になりたい。恋人になりたい。
 望みがどんどん個人的になる。要求が大きくなる。つまり、図々しくなるのだ。そんな女を好きになる男はあまり居ない。
 でもバンドマンとつき合いたいの、と云うひとの為に、親しくなる方法を教えましょう。
 ライブに行かなければ接近する手立てはない。行ってもステージが終わるまでは、ただの観客に過ぎない。小さいライブハウスならPAブースの辺りか、カウンターで物販を行っている。演奏が終了するとたいていそこへやってくる。慾しくなくてもCDなどを買えば、向こうは喜ぶ。その際、話し掛けていい印象を与えるよう努力する。それをひたすら繰り返す。
 打ち上げをやるバンドなら、それに参加する。しかしこれは、親しくならないと無理。バンドマンは酒飲みが多いので、しょっちゅう飲んでいる。酒を差し入れるのも手だろう。名の知れたつまみや、ご当地ものの惣菜なんかもいいかも知れない。ただ、誰から貰ったのか判らないようでは意味がないので、直接手渡すのは必須である。
 ただし、これだとファンの位置から発展することは難しい。彼らにとって目につくファン(目につかないファンは空気も同然だ)は遊ぶ対象であって、本気になることは少ない。なので、ファンの立場から外れてみる。
 どうすればいいかと云うと、ライブハウスのスタッフになる。PAなどは専門知識が必要なので、バーテンやレジ係、もぎりなど。あとは、ライブハウス近辺のコンビニエンス・ストアーや飲み屋、牛丼屋などで働く。
 もしくは、目当ての彼が住んでいる場所を突き止め、その近所で働く。その際は、決してファンなどと云ってはならない。向こうからバンドをやっていると云われたら、はじめてそんなことを知った、という振りをして、聴かせてもらった曲を褒めちぎる。そして、相手が誘わない限りライブへは行かない。
 接近する方法はこれくらいしかない。間違ってもストーカー行為はしないように(相手の居住地を特定した時点でヤバい案件になっているが)。嫌われるだけです。
 そもそも、普通に暮らしているのに、何故わざわざ不味いものに手を出すのだろうか。学校でちょっと悪い感じの男と、社会に出てから悪い感じがする男では、本気の度合いが違いすぎる。バンドマンは後者だ。
 生活無能力者であるのは学生時代から変わらないが、彼らはどれだけ年を重ねてもそのままなのだ。プロになってヒット曲を飛ばし、生活に困らないどころか余るほどの金を儲ける者など、ひと握り以下である。
 嘘だ、と思うなら、自分が接してきたバンドマン(志望)を振り返ってみるがいい。今でも継続してバンドをやっているだろうか。そんな奴は殆ど居ないだろう。やっていても趣味程度で、プロになっているだろうか。インディーズでも喰っていけるほどの稼ぎがあるだろうか。
 これは音楽性とか芸術性という話ではない。芸術性や個人的な志向性が高い音楽を求める者ほど、些細なことにも妥協せず、だからこそ金銭的には困窮する。
 そこで挫折せずに続けているひとは或る程度、存在する。彼らは勿論、才能があるし、過去の実績もある。しかし、収入は一般女子が望むものからすると、否、世間一般からしても最底辺であろう。四十、五十になっても、アルバイトで糊口を凌いでいるのだ。
 そして、この年代のインディーズミュージシャンの多数が、妻帯者なのである。当然子供も居り、育児にも参加し、剰え政治活動にも熱心だったりする。乙女の憧れとはほど遠い次元に行ってしまっているのだ。
 夢を見るのはやめた方がいい。
 バンドマンとつき合いたい女性は、相手の見た目と周囲に対する優越感しか考えていない。楽曲の芸術性など二の次なのだ(そんなものはない場合が多いのだが)。これは対するバンドマンが愕然とするものの、紛れもない事実である。
 男性は演奏するひとの見た目が悪くても、技術が高ければ評価する。しかし、女性は見た目が九割を占める。そもそもバンドマンとつき合いたいなどと考える女は、音楽性など端折って考えるのだ。寧ろ見た目が良くなければ好きになりもしない。
 ただし、これが普通の恋愛になると話は逆転する。男は兎に角、女の見た目のみみで判断する。外見が気に入らなければ見向きもしない。これはもう、潔いほどである。女は内面と経済力を重視する。世知辛いと謂えばそれまでだが、その後の人生が関わってくるのだから、当たり前の話であろう。
 女の子は好きになったら命懸け。相手を妄想で雁字搦めにし、そこから外れたら呪い殺すくらいのことはする。譬えば髪型を変えたり(禿げたり)、体型が変わったり、女性を好きになったり。
 熱狂的女性ファンを抱えたら、個人的自由は一切ないと思っていい。人権侵害とか、蹂躙とか、そんなものは通用しない。人目に立つことをする方が悪いのだ。それが厭なら、おとなしく一般大衆に埋没していろ、と謂う話だ。犯罪行為を成されてからしか、文句は云えない。
 女性側から書き始めたが、男性バンドマンへの心構えにもなってきた。
 要するに、面倒くさいことに拘りたくなければ、目立つことはするなと謂うことだ。出る杭は打たれる。古人の伝えることは正しい。バンドマンは有名無名に問わず、何か起きれば取り沙汰されるし、その何かは良くないことが多い。良くないことが表沙汰になれば、潮が引くようにすべてが遠ざかってゆく。
 すべてが、だ。友人、恋人、妻、仲間、信頼。何もかもを失う。特に大きいのは信頼である。これを失ったら、それまでも微小だった社会的信用を、根刮ぎ無くしたことになる。社会的基盤がないと、取り返すのは至難の業である。
 と、バンドマンは社会的に不安定な立場であることを詳らかにしたのだが、それでも理解出来ない、したくない女子は居るだろう。もうそれは救いようがない病気なので、どうしようもならない。そんなバンドマン好きの女性に云えることは、「現実を見ろ。さもなくば金を手にしろ」
 それだけである。


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