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人物裏話——小牧真紀子篇。

 小牧真紀子という名前を考えた時、最初は漢字ではなく片仮名だった為、回文みたいだな、と感じたので江木澤にそう思わせた。亮二は彼女を殆ど名前で呼ばず、呼んでも苗字だった。ナニ故? 他の女は先輩とかじゃなきゃ名前にちゃんづけで呼ぶのに。一要にはいい年してちゃんとか云ってんじゃねえよ、って云ってるけど。
 真紀子の方が亮二にひとめ惚れして、同じクラスになったら勇気を出して声を掛けた。亮二の方は、最初はなんとも思っていなかった。つき合いだしたのは、真紀子が積極的だったからで、そうじゃなければただのクラスメイトだった筈。
 亮二が彼女をどう思っていたかと云うと、恋い焦がれてといった感情ではない。本人は好きだと思っているし、たいして好きでもない女と寝る男ではない。しかし清世に対する感情からすると、特に執着心を持っていた訳ではなさそうだ。幾ら振られたことがショックだったからといって、半年で顔も名前も忘れるなんて、普通有り得ない。
 まあ、忘れる努力はしたんだけど。
 真紀子は亮二が本当に好きで、彼が自分をあまり顧みないことを不安にも不満にも思っていた。バンドマンは(高校生だけど)どうしても生活の殆どが音楽に関することを優先する結果になる。それに理解がないと、続かない。
 亮二は自分の感情に素直な人間なので、気持ちの向かないことには熱意を見せない。真紀子と喋っていて仆れた時、保健医にこういうことはよくあるのかと訊ねられ、江木澤はいつも元気にしていると答え、真紀子は時々怠そうにしていると云った。
 これは、江木澤や牧田と居る時は音楽関係のことを喋ったりしたりしているので、体が怠くてもそれが表に出ず、真紀子と居ると自分に興味がないことが多いので、体の不調がそのまま出てしまっていたのだ。
 真紀子は清世ほど控えめではないが、この年頃の女の子にしては我が儘ではない。亮二もそこが気に入ってはいた。それにしても、「エッチして帰るだけ」って、若い愛人こさえた親父みたいなことを云われとるな。高校生が家でデートしたらそうなるのはむべなるかなで、それが厭だったら親が居ない自宅に呼ばなければええやないか。
 ちゃんと行為のあとは拭いてやって、腕枕して抱き締めてやってんだから、優しい方だろ。まあ、清世とは毎晩顔をくっつけんばかりにして、眠くなるか本を読みはじめるまで話をしてるのだけれど。
 真紀子とは清世のように肩を抱いて歩くどころか、手も繋がないでポケットに突っ込んでいた。ポケットから手を出せ。仕方がないので真紀子は亮二の服を摑んで歩いていたのだ。切ない。
 亮二だって真紀子を大切にしていなかった訳ではない。ただ、はじめて女の子とつき合ったのでよく判っていなかっただけなのだ。清世への態度と比べる訳にはいかない。あれは尋常ではないのだから。真紀子の不満も、大切にしてもらっていないことではなく、「特別扱い」されていないことだったのだ。
 他のひとと同等だと感じてしまうのは、子供だからだろう。亮二はもの凄くひと懐っこいので、親しくなるとざっくばらんなつき合い方をする。触り癖は初対面から発揮されるし。真紀子に女言葉を使っていないのは、気構えていたのか、恰好をつけていたのか。意識していないから、恰好つけではないか。
 彼女も清世も音楽にさほど興味がないので、そういった話が出来ない。バンドをやっている男には辛いものがあるとはいえ、亮二は恋人にそれを求めていない。どちらかというと、音楽に詳しい女は避けていた節がある。それはそれで賢明な選択である。
 物事に詳しくなると、興味を持つ対象が細分化される。拘りも強くなる。意見が喰い違うと、喧嘩に発展しかねない。亮二はひとと争うことが嫌いなので、無意識にそうしていたのだろう。無意識というか、「ありがとう、さようなら。」で、清世が音楽に対して興味がないことを取り上げ喧嘩にならなくていいと語っているので、判ってはいたのか。
 彼女にまったく合わせていなかった訳ではなく、路上ライブへ行く前に真紀子の行きたい処へつき合っている。高校生らしくショッピングとか、何かのイベントとか。
 それでも、天気の悪い放課後に会う時は彼女の家ばかりだった。真紀子とつき合うようになったのは梅雨の前だったのだが、夏休みに入ったら亮二はアルバイトを始めてしまった。日中はコンビニエンス・ストアーの仕事、夕方からは路上ライブと、真紀子に会う時間は殆どない。
 この頃から木曜が休みだったので、その日はライブに行くまでは一緒に居た。これは亮二からすれば最大の譲歩だったと思う。なにしろ閑な時は横になっていたい男なので。体が怠いから。
 亮二としてはかなり気を遣っていた。十五才から煙草を喫っていたが、彼女の家では匂いが残るので禁煙している。喧嘩した時の会話はベッドの中ではなく、シャワーを浴びたあと真紀子の部屋からベランダに出てぼーっとしているところを、彼女がいきなり抱き締めてきたので「どうした」と訊ねたのがきっかけだった。
 二学期が始まったばかりの試験休みでまだ暑く、素肌にシャツを羽織っていただけだったので、慥かに密着している。あれだけ文句をつけられても、彼は静かに対応し、珍しく苛々はしていない。「亮二君の質問コーナー」などと云わせるとは、真紀子も或る意味たいした女だ。
 広太がしみじみ思っていたが、なんで自分と趣味が違う女性とつき合うのか。
 それを思ったのは水保と仁恵を見た時なのだが、彼らだけでなく、江木澤も牧田も、他のバンドをやってる奴らも、全員音楽に深く関心がない女とつき合って結婚している。やはり亮二と同じ考えなのだろうか。それとも、音楽が好きな女の実態を知り過ぎているので、辟易しているのか。
 ただ音楽が好きなだけの男と、バンドマンに寄ってくる女は違う。ただの音楽好きが不細工だった場合、もてることは先づないが、バンドマンは少々見た目が悪くても、もてる。嘘だと思うならバンドを組んでライブハウスに出てみるといい。二割増しはもてる筈だ。見た目が悪くても性格が悪くても、一般の男よりは女が寄ってくる。
 わたしが書いたバンドマンは純粋に音楽が好きで、もてたいが為にバンドを始めた奴はひとりも居ないが、結果的にもてた男は三人居る。それは牧田、水保、棠野。牧田と水保は結婚しておらず、棠野は嫁が妊娠中に浮気をしているが。
 バンドに女が介入するとメンバーの関係に亀裂が生じるのは、ジョンとヨーコの例を挙げるまでもない。ナナシのメンバーは決して練習やレコーディングに恋人を連れて行かなかった。江木澤など、「ジャンプ」のカバーを演った時以外、ライブに一度も呼んでいない。清世は毎回ライブへ行っていたが、自分から亮二の恋人だとは明らかにしなかったし、いつも一番後ろで観ていた。

小牧真紀子
人物設定

2月15日生まれ
O型
158センチ、45キロ。
家族構成→父、母。
核家族で両親が共稼ぎだった為、割と家庭的。時々亮二に弁当を作っていたが、数回で食べきれないから要らないと断られた。
声を掛けた時に云ったように、雑貨などの可愛らしいものが好きで、部屋も女の子らしい装飾だった。そのひらひらしたところを、亮二は悉くめくっていた。
服装に関しては、ごく普通の女高生。ジーパンだったり、ミニスカートだったり。夏は殆どTシャツ。肌を露出する恰好はあまりしないので(ミニスカートも、極端に短くはない)、亮二の好みには合っていた。
音楽にまったく興味がない訳ではなく、普通に流行っているものは聴いている。カラオケにも行くのだが、亮二が嫌いなので誘えなかった。本当に、ごく普通の女の子なのだ。亮二なんかを好きにならなければ、幸せになったであろう。
清世のようにナナシのメンバーと親しくはなく、挨拶して少し話す程度だった。亮二も改めて紹介していないし、自宅へも連れて行かなかった。だから彼の両親は、息子に高校時代つき合っている彼女が居たとは知らなかった。母親が知っていたのは、大学に入ってから家に来た牧田から聞いたのだ。
『回文の恋』で書いたように、本当に気の毒な女の子だったのである。

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