見出し画像

電子会話

 或る夜更けの、顔も本名も知らないふたりの会話から。

   +

 ……ログイン。

金魚「こんばんは~。誰かいますか?」

 …………。

レンガ「さかなちゃん、まだ居る?」
金魚「いるよ。眠れないの」
レンガ「夜行性の金魚なの?」
金魚「そうかもしれないけど、家からはあんまり出ないよ。恐いから」
レンガ「危険な地区に住んでるの?」
金魚「そんなことないけど、午間でも滅多に外には出ないの」
レンガ「引き籠り?」
金魚「その言葉、だいっ嫌い。考えた奴、抹殺してやりたい。だだ外に出ないだけなのに」
レンガ「肉体以外の疾患はジャンル分けが難しいよね」
金魚「なんか、お医者さんか心理学者みたいなこと云うんだ」
レンガ「受け売りだよ。ぼくは外に出るの好きだけどなあ」
金魚「普段、どんなことして遊んでるの?」
レンガ「特別なことはしてないけど……」
金魚「ここに行ったら絶対面白いって処はないの」
レンガ「好みってものがあるからなあ」
金魚「レンガ君は何処が好きなの」
レンガ「ぼくは下町みたいな処に住んでるんだけど、近所を散歩してるだけで結構楽しいよ」
金魚「安上がりだね」
レンガ「ぼく、貧乏人だからね」
金魚「チャットやってるのに」
レンガ「携帯だよ」
金魚「コンピューター、持ってないの?」
レンガ「貧乏だっていったじゃん」
金魚「ひとり暮らしなの?」
レンガ「友達と住んでる」
金魚「女の子?」
レンガ「男だよ」
金魚「同性愛嗜好のなの?」
レンガ「違うよ!」
金魚「なんだ、つまんない」
レンガ「どうして女の子ってゲイの男が好きなのかなあ」
金魚「あたしはゲイの女性も好きだよ。自分にもちょっとそんなところがあるし」
レンガ「ふーん、そうなんだ」
金魚「犯罪にならない程度の性的嗜好に、他人がとやかく口を出す権利はないと思わない?」
レンガ「まあ、恋愛は自由だしねえ、相手が厭がってなければ犯罪性はないし……。ぼくはちょっと遠慮したいけど」
金魚「あはは、フツーなんだ」
レンガ「あ、モーターシクロが通ってった。もう寝ないと」
金魚「じゃあ、おやすみ」
レンガ「またね、さかなちゃん」


 ……ログアウト。

   +

 ……ログイン。


金魚「レンガは学生じゃないの?」
レンガ「違うよ。義務教育だけはこなしたけど、その後のカリキュラムは受けてない」
金魚「保安地区外に住んでるの?」
レンガ「違うけど、抜け道は幾らでもあるよ。交流授業なんてしょうもないじゃん」
金魚「わたしの場合、向こうからカウンセリングに来る」
レンガ「待遇いいんだね。さかなちゃんは幾つだっけ」
金魚「十五だけど、こんなところに書き込んだこと、いちいち真に受けないでしょ」
レンガ「まあね」
金魚「レンガは幾つなの?」
レンガ「十九、って書いても真に受けないんだよね」
金魚「うん。でも、それくらいかなあって思ってた」
レンガ「どうして?」
金魚「うーん……。大人っぽかったり、子供っぽかったりするから」
レンガ「なるほどね、中途半端な年齢ではある。……ふたりとも奇数なんだ」
金魚「なんかの占い?」
レンガ「違うよ、ただ単に奇数が好きなんだ。尖ったような感じで、なんかいいじゃない」
金魚「ひと当たり良さそうなのに、変わってんるんだね」
レンガ「みんな、それぞれ変わってるんだよ」
金魚「そういうところが年寄りくさい」
レンガ「あはは。十代の若者に向かってなんてことを云うんだよ」
金魚「後少しでハタチ。でも、そんなことは関係ないと思う」
レンガ「何が関係ないんだかよくわかんないけど……。それにしても此処はいつも閑古鳥が啼いてるね。ぼくらの専用チャットみたいだ」
金魚「あんまり知られてないもん。書き込みが多いチャットってついてけない。意味わかんなくて」
レンガ「慥かにね。符丁とかばっか使ってるし」
金魚「レンガの書いてることも時々難しくてわかんない。符丁って何?」
レンガ「仲間同士だけで判る言葉とか暗号みたいなもんかな」
金魚「ものしりだね」
レンガ「言葉が好きなだけだよ。それより、せっかく明るいうちに起きてるんだから窓の外見てご覧よ。いい天気だよ」
金魚「ちょっと待って。……ああ、ほんとだ。きれいな青空。雲ひとつないしガスってもいない」
レンガ「珍しいだろ。明け方強い風が吹いたからね、全部吹き飛ばされちゃったみたいだよ」
金魚「空って、こんなにきれい色してるんだ……」
レンガ「少しはいい気分になったんじゃない?」
金魚「少しどころじゃないよ。……でも、一緒に楽しむ相手が居ないもん」
レンガ「携帯持って外出てみなよ」
金魚「外出する時はいつも持ってるけど」
レンガ「カメラ機能ついてるでしょ」
金魚「それは、ついてるけど」
レンガ「目についた面白いものやきれいなもの撮ってご覧。楽しいよ」
金魚「ほんと?」
レンガ「ほんとだよ。ところで、さかなちゃんはお腹空かないの」
金魚「実は、さっき食べながら書き込んでた」
レンガ「あはは、お行儀悪いなあ。ぼく、はらぺこだから今回はここまで」
金魚「わかった、ばいばい」
レンガ「またね」


 ……ログアウト。

   +

 ……ログイン。


金魚「こんばんは」
レンガ「あはは、同時ログインだ」
金魚「一分違い。昨日、ちゃんと写真とって来たよ、散歩しながら」
レンガ「どうだった」
金魚「ここ、写真アップできるから……。あ、でたでた」
レンガ「あー、きれいな花だね。花壇かな?」
金魚「ひとんちのね」
レンガ「通報されるよ」
金魚「誰も居なかったもん」
レンガ「まあ、何事もなかったからいいか。もうひとつのは?」
金魚「なんかよく判んないけど、壁に貼ってあった」
レンガ「面白いねえ。何語だろう」
金魚「宇宙人のメッセージだったりしてね」
レンガ「バイパス工事の通知かな……」
金魚「なんのこと?」
レンガ「んー、なんでもない」
金魚「レンガは不眠症なの?」
レンガ「眠れないことはないけど……。入眠障害ってやつ。寝つきがむちゃくちゃ悪いんだ」
金魚「あたしは昼と夜がひっくり返っちゃってるの。この間はたまたま午前中に起きてたけど」
レンガ「現代病だよね。真夜中でも普通に生活出来ちゃうから」
金魚「そうそう、ひとりでもフツーにコンビニ行けちゃうし」
レンガ「女の子は一応気をつけたほうがいいよ」
金魚「うん」
レンガ「今日は何してたの」
金魚「なんかうれしい」
レンガ「どうして?」
金魚「一日どうしてたのか訊ねてくれるひとなんか誰もいないから」
レンガ「家のひととか訊いてこないの」
金魚「みんな忙しいから……」
レンガ「そうか。じゃあ、これから毎回訊ねるよ」
金魚「うれしい。やさしいねー」
レンガ「それは実態を知らないからだよ」
金魚「あはは、こわーい」
レンガ「恐くはないと思うけどね。一緒に暮らしてる奴の方が乱暴者」
金魚「そのひとは学生さん?」
レンガ「一緒に仕事してる」
金魚「どんなことしてるの」
レンガ「うーん、さかなちゃんが羨ましがりそうな仕事」
金魚「えー、なに?」
レンガ「殆んどアパートの部屋から出ないんだ。ふたりでやってるから、時々散歩したりは出来るけど」
金魚「秘密めいてるんだね」
レンガ「こうやって表現すると、そうかもなあ……」
金魚「いい加減、教えて」
レンガ「つまんない仕事だよ、アパートの管理人。まあ、家族の手伝いみたいなもんだけど」
金魚「えー、つまんなくないよ。理想の仕事!」
レンガ「やってみなよ、うんざりするから」

   +

 じゃあ、おやすみなさい。
 じゃあ、またね。
 じゃあ、いい夢を。


 いつか会えるかも知れない、架空の世界のひと。

(2009年)

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?