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カレーランチ

「京都に一泊して、翌日の電車でこっちに戻って、そのまま本社に行くから、帰るのは九時頃になるかな」
「その時間は店に居るけど」
「判ってる。休まなくていいからね」
「うん。……紘君、結構スーツ似合うんだ」
「そうかな」
「おれ、こういう服似合わないから羨ましい」
「うーん、影郎みたいに華奢だと似合わないかな」
「この体型は結構コンプレックスなんだよね」
「慥かに男らしくないなあ」
「便所に行くと、一斉に不審な目で見られることがよくある」
「あはは、それは厭だよね」
「やだよ。なんでそんな顔して見るんだよって思うもん」
「なんというか……。丸刈りにでもしたら?」
「ひとごとだと思って」
「そんなつもりはないけど……。普通に男の恰好してるのに、なんでだろうね」
「そんなこと知らないよ」
「まあ兎に角、もう時間だから行ってくるよ」
「うん、気をつけてね」
「電車が脱線しないように祈ってて」

     +

「左人志はスーツが似合うからいいね」
「なんじゃい、いきなり」
「紘君が今日、スーツ着てったから。ああいう服、おれ似合わないじゃん」
「ああ、前もそんなこと云うちょったな。細身のやったら似合うんちゃうか。ロックのひとなんかそういうの着とるじゃろ」
「モッズ・スーツみたいなのか。リョウ君もスーツが似合わないって云ってたなあ」
「ああ、あの子は背丈はあるけぇど、やっぱ細いでのう」
「ジャケットって、イタリア人みたいな体格じゃないと似合わないように出来てるんだよね」
「和服着ちょったらどうやねぇ」
「……そんなんやだ」
「まあ、冠婚葬祭以外はおまえやったら着る必要ないんじゃけえ、構わんがな」
「そうだけど」
「影郎くらいの体格の奴は掃いて捨てるほどおるんじゃけぇ、気にせんとき」
「うん、なんか左人志にそう云われるとほっとする」
「草村君に云やええやんけ」
「云ったよ。でも、紘君は何を云ってもおれの側に立って宥めてくるから……」
「それでええやんけぇ、何が不満なん」
「不満じゃないけど」
「倦怠期か」
「なに馬鹿なこと云ってんのさ」
「あの子はのう、影郎のことが可愛ぃてしゃあないんじゃて。ありがたく思うとき」
「うん」

     +

「おはよう、無事帰ったよ。電車だから当たり前だけど」
「あはは、そりゃそうだよね」
「京野菜を適当に見繕って買った。今日あたり、届くんじゃないかな」
「ほんと? どんなの」
「賀茂茄子と伏見唐辛子と松ヶ崎浮菜蕪とかいうのと、桂瓜」
「桂瓜は知らないな」
「漬け物にするんだって」
「ふーん、そうなんだ」
「南瓜もあったけど、影郎、あんまり使わないからやめといた」
「味が濃いから使い難いんだよね」
「甘みが強いからね」
「薩摩芋も難しい。どうも甘みが強いものを調理するのが苦手みたい」
「果物もまったく買わないもんねえ」
「お菓子とか作らないから。韓国料理だったら梨とか柿を使ったり、カレーに果苹を入れることはあるけど」
「影郎のカレーは美味しいな。スープみたいだけど、辛くてコクがある」
「市販のルー、使わないからね。小麦粉を入れればとろみがつくけど必要ない。スパイスと野菜の出汁で味に深みが出るし」
「また作ってよ」
「今日、作ろうか?」
「早速? 材料あるの」
「有り合わせで出来るよ。カレーなんて鍋の一種だもん」
「あはは、そうか。鍋ね」
「今日、仕事は?」
「出張したから休み」
「へえ、そういうもんなんだ」
「他所の会社は違うと思うよ。出張したって翌日も出勤しなくちゃならないところもあるけど、うちは社長の方針でそうなってる」
「ふーん。変わってるのかな、よく判んないけど。映像作家ってどんなひとだった?」
「若いひとでね、影郎とそんなに変わらないくらいだった。女のひとで、こう、自然のものをコマ撮りしてひとつの作品にするんだけど……。ヤン・シュヴァンクマイエルみたいな感じのアニメーションかな」
「へえ、面白そうだね」
「制作するところを見せてもらったけど、まあ地道な作業だったね。ひとつ撮って少し動かして、また撮って動かしての繰り返しで。息もつけないくらいの緊張感があって、ちょっと疲れた」
「その作品をライブラリーに収蔵するの?」
「それはまだ判らないな。そういうことは社長と所長のアサコさんと木下君が決めることだから」
「リョウ君って、そんな権限があるの」
「彼は特別だからね。やりたくてやってる訳じゃないし」
「ああ、無闇に気に入られてるって云ってたな」
「あはは、無闇ね」
「でも観てみたいな」
「シュヴァンクマイエルに近いから、そっちを予習として借りてこようか」
「うん」
「かなり癖のある作品だから好き嫌いが分かれるけど」
「紘君は好きなの?」
「うん、結構気に入ってる」
「なんか紘君って、好みの幅が広いよね。ホラーも好きだし、コメディも観るし、もの凄くマニアックなのも観るし」
「単に節操がないだけじゃないかな。確固たる主義がないんだよ、きっと」
「そうかな、選ぶ作品は頭使わなきゃ理解出来ないのが多いような気がするけど」
「うーん、あまりにも馬鹿馬鹿しいのはちょっとねえ」
「左人志と観た『死霊の盆踊り』は、無茶苦茶くだらなかったよ」
「あれ観たの? なんでまた」
「馬鹿っぽい映画が観たくて、リョウ君に何がいいか訊こうと思ったら、その日は本社に行ってて教えてもらえなかったの。で、適当に選んだ訳。あの題名でシリアスな筈がないから」
「あれはねえ、マニアには人気があるんだけど、それも物好きな一部のひとだけで、普通の映画ファンからは黙殺されてるよ。っていうより、普通のひとは知らないんじゃないかなあ」
「そうなんだ。左人志なんか時間の無駄以外の何ものでもないって云ってたよ」
「慥かにね。フィルムの無駄遣いって云われてるから」
「その通りだと思う」
「今日は用事あるの?」
「店には行くけど……。どうしようかな、休んでもいいんだけど」
「それは影郎が決めればいいことだけど、ぼくが居ない間はどうしたの」
「出掛けた日は左人志んとこに行って泊まって、次の日はちゃんと出たよ」
「じゃあ、今日は開けなきゃ。そんなしょっちゅう休んだらお客さんが離れてっちゃうよ。ぼくも一緒に行くから、それならいいでしょ」
「うーん。カレーはどうしよう」
「お午に作ればいいんじゃない」
「じゃあ、そろそろ仕込もうかな」
「手伝おうか」
「出来るの?」
「野菜を洗うくらいは」
「それだけか」
「しょうがないじゃん、包丁持ったこともないんだから」
「よくそれでひとり暮らししてたね」

 ………………。

「じゃあ、人参と蓮根と青梗菜を洗って」
「青梗菜入れるの?」
「うん」
「変わってるねえ」
「基本的には鍋だから、何入れたっていいんだよ」
「そういうもんか」
「そういうもんなの」

シーフードカレー
 冷凍のシーフードミックスを解凍する。
 フライパンでみじん切りにした大蒜をバターで炒め、香りが立ってきたら玉葱のざく切りを入れ、飴色になるまで炒める。
 擦り下ろした生姜を加え、カレー粉、ガラムマサラ、クミン、レモングラス、コリアンダー、ハバネロ粉を入れ、一センチ幅の輪切りにした蓮根、乱切りにした人参を炒める。
 火が通ったら三センチ幅に切った青梗菜を軸の方から入れ、シーフードミックスを加える。
 水とココナッツミルクを入れ、煮立たせる。
 仕上げに茹でたグリーンピースを散らす。

「美味しそうに出来たね」
「紘君の初カレーです」
「野菜洗っただけだけど」
「今度は切ってみましょう」
「恐いな」
「それくらい出来るようにならなきゃ」
「努力します」
「では、いただきます」
「いただきます。うん、雑穀がぷちぷちして美味しい。……辛っ。後でくるねえ」
「ハバネロ粉入れ過ぎたかな」
「でも美味しい」
「痔になるかもね」
「カレー食べてる時になんてこと云うんだよ」
「ごめん」
「影郎はよく下ネタ云うよね、可愛い顔して。甘利さんもあれには困るって云ってたよ」
「そんなに云うかなあ」
「自覚ないの? 店でも女性客の前で、平気でとんでもないこと云ってるじゃない」
「うーん。云ってるかなあ」
「云ってるよ、聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなことを」
「どんなこと」
「食事中には云えない」
「そっち系の下ネタか」
「エッチなことも散々云ってる。いったいどんな生活送ってたのさ」
「特殊な生活は送ってないけど」
「甘利さんから聞いてるよ」
「あいつ、ほんとに口が軽いな」
「心配してるんだって」
「今は真面目にやってるよ。誰ともつき合ってないし」
「普通につき合う分にはいいよ。まだ若いんだから楽しまないと」
「そんな風に云われるとよけいつき合いにくい。それに紘君が居るから、男友達はもういいよ」
「可愛いこと云ってくれるねえ」

 ………………。

「あお、行ってくるね。いい子にしてるんだよ」
「あおはいい子だよね、影郎と違って」
「もういいってば」
「判ったわかった、拗ねないの」
「お店でこき使ってやる」
「そんなこと出来ない癖に」
「シンデレラみたいにしてやるから、覚悟しといて」
「王子様が助けに来てくれるからいいよ」
「王女様じゃないの?」
「王女様じゃ助けられないから、後で紹介してもらう」
「図々しいねえ」
「時にはそういう手段も取ります」
「お見それしました」

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