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花のような君のために

 ぼくの彼女はひと殺し。
 父さん殺した。母さん殺した。ついでに、にいちゃんもねえちゃんも殺した。
 でも、罪にも問われず、元気溌剌生きている。
 何故かって?
 ぼくが手を貸したから。
 アリバイこさえて、跡形残さず、マジックのようにすべてを隠蔽してやったのさ。だって愛してるから。
 いいじゃない。親父もおふくろも、兄貴も姉貴もろくでなしだったんだから。アル中にシャブ中に強姦魔に万引き常習犯。生きてたってしょうがないでしょ。
 彼女は耐えたよ。そりゃあもう、仏の心でもって辛抱してたよ。だから、「いっそのこと殺しちゃえば」って云った訳よ、優しいぼくは。
 放火。
 跡形残らず、ぜえんぶ燃えた。彼女はぼーぼー燃えてる自宅を見て、半狂乱の振り。すんげえ役者。名女優も顔負け。アカデミー賞でも、なんでもあげちゃうよ。貰ってよ。ついでにぼくの愛情も。金ぴかに輝いたオスカー像に劣らぬ、ぼくのドーテイ捧げるから。三十五だけど。
 別にいいじゃん。
 どんな医学者だって解析出来ない薬を作ったのは、他ならぬぼく。あったまいいから。おうちで研究したの。ビーカーにフラスコに色んな液体に、粉こなコナ……。
 面白かった。こんなんでひとが死んじゃうなんて。
 見た目はただの太田胃散。実は強烈激烈の毒薬なんだけどね。水にさっと溶ける。味も匂いもしない。すんばらしい。これで一儲け出来るんだけど、誰にも教えない。ふたりだけの秘密っていいじゃん。なんか、淫靡で。
 彼女はぴかぴかの女高生。ミッション系の学校に通っいて、おはようございます、ごきげんよう、なんて云ってる。いいじゃないの、ひと殺しのお嬢様。しかも別嬪さん。それに引き換え、ぼくはチビでデブで近眼で乱視でいいとこなし。
 どうやって知り合ったかって?
 たまたまお隣同士だったから。そんだけ。
 外ではいい顔している親兄弟にうんざりしてる彼女に、ひと助けならぬ共犯者。ぼくのこと気色悪がってたけどね。だって、自分で見てもこんな男とお近づきになんかなりたくないもん。だけど、お隣さんだから。毎日顔合わすから。「おはようございます」「ごきげんよう」ってね。サイコーの気分てやつ。なんて幸せ者。
 彼女が赤ん坊の頃から知ってるけど、こんなきれいになるとは思わなかった。色白で、奥二重だけど長い睫でモデルか女優みたい。おとなしい子だから、家が燃えてるのを見た時の反応はほんとの心持ちだったかもね。
 半年キチガイ病院に居たけど。
 秘密のお薬は朝食の味噌汁の中へ。白みそ。京風っての? なんとまあ、お上品な。間違っても八丁味噌なんか使わない。そして、彼女は洋風朝食。シリアル。かりこりいうのに牛乳かけてね。ザッツ・アメリカーン。全然違和感なし。
 そしてみんな死んだ。ころりと。彼女以外。
 んでもって、火を点けた。ガソリンかけるとばれるから、団扇であおいだりしてね。燃え上がるのに時間掛かったけど、キャンプ・ファイヤーみたいで子供に戻った気分がした。彼女とふたりきりで、花火でもしているみたいだった。季節外れの、恐ろしい花火。
 オール電化だからガスに引火しないんだけど、カーテンとかに燃え移る炎を眺めて、こんなことで家ひとつが燃えちゃうんだって話したっけ。
 二階建ての、建て売り住宅。燃えてはじめて判る、その脆弱さ。
 彼女は携帯電話で知らされて帰ってきた振り、ぼくは隣の見物人。誰も知らない、誰にも判りっこない完全犯罪。かっこよすぎ。アメリカン・ニューシネマ風。彼女はまるでシシー・スペイセク。『キャリー』じゃなくて、『地獄の逃避行』のね。まさにそんな感じ。もっと美人だけど。
 ひとを殺すなんて、簡単。特にむかつく人間なんてあっさり殺せる。
 絞殺、刺殺、撲殺、溺殺、薬殺。
 ぼくは一番得意でばれにくい薬殺を選んだけれど、焼き殺すんならなんだってよかった。だって、燃え滓になっちゃったら判んないもん。あっさり殺すには惜しい人間だった。じわじわと、ロープの繊維をちみちみと一筋ひとすじ切るように殺せばよかった。ばかであほなおろかものたちを。
 彼女を十五年間苦しめた分だけ。
 ひとに酷いことをしたら、その分だけお返しがくるって知っておいた方がいい。
 昔の曲で『追伸、愛してる』というのがあるけど、追伸どころか、がんがんメールで、手紙で、往復はがきで愛してると綴るよ。世界の中心どころか、宇宙の裏側からでっかいメガホンでもって、最大音量で大好きだって叫んでやる。
 でもやらない。嫌われるのが厭だから。
 だってぼくは、みにくいアヒルの子。相撲取りよりは細いけど、コレステロールたっぷりのメタボリックシンドローム人間。
 今時? 流行ってる?
 でも、女の子は細身のイケメンが好きなんだよなあ。イケメンって何語? 知んない。イケてるメンズって、もはや日本語じゃないよね。低脳丸出しなんだけど、恥ずかしくないの? よく云うね。
 ああ、頭が痛い。犯罪の片棒担いでから、ぼくは偏頭痛持ちになった。四人も殺した罰なのかな。もしかして脳腫瘍? いいけど、別に。
 いや、よくない、晴れて本懐遂げるまでは死ぬ訳はいかない。本懐とは何かって? 云わさないでよ。聞くと死ぬよ。笑い死に。
 女の子はね、服脱いじゃ駄目。水着ならワンピース型。スクール水着と云わない辺りが、変態ぎりぎりラインで留まってる感が伝わってくるでしょ。ミニスカートも駄目。ジーパンなんか論外。
 着物だって襟抜いたりしちゃ興醒め。まっしろな半襟の振り袖でお願いします。袴姿もいいねえ。春先にしか見掛けないけど、それも年々減ってゆく。電車で堂々と化粧をしている女を見ると、おまえも毒殺してやろうか、と思う。髪を染めるな、薄汚い。そこの女高生、階段の下からだとパンツ丸見えだよ。
 ぼくの彼女は黒髪ストレート、『白い家の少女』のジョディ・フォスターのような髪型をしている。目に掛かりそうな辺りで、前髪ぱっつり。日本人形みたい。どうするよ、こんな美少女。
 どうもしない。
 鑑賞するのがぼくの趣味。
 十五年間、見続けてきた。トウが経つまで見届けて、警察に突き出しちゃおうかな。それじゃあもう、時効になってるか。

 犯罪者になってしまったぼくたちだけど、全然OK。オーライ、構わない。
 警察は利巧なようで馬鹿。ぼくの方が賢い。賢い人間は幾らでも抜け道を用意する。棋士が千手先を読むように、自分の行く先を把握しているものなのだ。すぐばれるような嘘や、悪事を働くやつは馬鹿。大馬鹿者。IQゼロ。
 わざとやってんなら別だけどね。
 ぼくは厭味なくらい頭がいいし、冷静な人間だから、そんな刹那事は出来ない。世間体もあるしね。世間体を気にするなら痩せろって? 難しいなあ。だってぼくはジャンクフードが大好きだから。
 家から出られないほど太ってしまったとかいうひとが居るけど、それ、大抵アメリカ人。ジャンクフードが大好きな馬鹿な奴ら。ぼくも同類なんだけど。プリングルスのカロリー、知ってる? ちゃんと書いてあるけど、あれ、腹が膨らむまで喰ってたらとんでもないことになるよ。
 ヘルシー志向が死ぬほど強い癖に、馬鹿は煙草をやめられず、エリートはジョギングしまくって、ダイエット関係の商品の消費量が世界一なのに、毒物といってもいいくらいの食べものをしこたま作るって、どんな神経してるんだろう。
 食べてるぼくも大概の馬鹿者だけど。
 隣の家が燃えてしまって、病院から戻ってきた彼女を引きとったのはぼく。法的に、きっちり後見人。そんな手続き、お茶の子さいさい。親戚一同、厄介払い出来てせいせいしたって顔してた。ひっでえ奴ら。
 ぼくは幸いひとり暮らし。しかも、何もしなくても金には困らない。羨ましい身分だと思うだろうけど、ひとりぼっちっていうのは淋しいもんだよ。
 でも、彼女と暮らしはじめて余計と淋しさが募るのは何故なんだろう。
 子供の頃からずっと見てきて、ずっと好きで、やっと手に入れたのに、もの凄い虚無感が押し寄せてくる。
 ふたりでおままごとのような生活をして、最初のうちは新しい玩具を買って貰った子供のような気分だったけど、何かが足りない。それは肉体的なものじゃなくて、もっと、なんて云えばいいんだろう。表現し辛い、感情の隙間のすきま。
 共犯関係の危うさの綱渡りだけがなんとか暮らしに刺激を与えているけれど、たぶんそれも長続きしないだろう。同じことで感情が揺すぶられるほど、人間の神経は簡単に出来てはいない。
 神経、精神、スピリッツ。
 なんでもいいけど、そんなものがあるおかげで、倦怠感にどっぷり首まで浸かってしまっている。
 きれいだった彼女。
 ふたりで燃え上がる家族を見た。
 オレンジ色の炎に照らされた彼女の横顔の、うぶげを思い出す。
 あの時は、本当に、ほんとーに、幸せだった。そのまま、ぼくも彼女も一緒に燃えてしまえばよかったのかも知れない。
 でも変でしょ。朝っぱらに起きた火災で、一家全員死んで。それだけなら失火とか不審火で済まされるけど、隣の無職の男まで見つかったりしたら。思いっきり、ぼくが犯人になっちゃうじゃない。
 死ぬのは構わないけど、訳の判んない汚名を着せられてあの世に行くのはごめんだ。特に「ロリコン」とかね。
 断っておくけど、ぼくは幼児性愛者じゃないから。ついでに云っておくと、不能でも同性愛者でも変態でもない。外見が外見だけに誤解されやすいけどね。
 ただ、少し潔癖なだけ。
 今の違和感は、ひとりきりの、ぼくだけの世界に入り込んできた彼女が、闖入者に思えるだけなんだと思う。
 慣れればきっと大丈夫。巧くやれるはず。これまで色んなことを躱してきたんだから。ひと殺しだってしたくらいなんだから。平然とね。実験でもするみたいに。
 だから、大丈夫。

 春になれば庭の桜が咲くよ。樹齢何年だか知らないけど、立派な大木だ。花が散った後、毛虫の始末に困るけどね。棒の先にタオルを巻きつけて、灯油を滲み込ませ火を点けるんだ。松明のように。火を翳すと、ばらばらと面白いように虫が降ってくる。
 君と薄いピンク色の花を眺めて、残酷に悍ましい虫たちを退治しよう。あの時と同じように、真っ赤な炎でね。

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