見出し画像

映画の日

「あれ。リョウ君、居ないみたい」
「午休みなんちゃうか」
「そうかも。受附のひとに訊いてみよう。……すみません、木下さん居ますか?」
「木下君? 今日は本社の方へ行ってますよ」
「あ、そうなんですか」

 …………。

「なんじゃったん」
「本社に行ってるんだって」
「忙しいんじゃの」
「社長に呼び出されたんじゃないのかな」
「なんかしちゅうん?」
「なんにもしなくても気に入られてるから、よく呼び出されるみたい」
「大変じゃのう、それも」
「うん、困ってるみたい」
「昇進に繋がるんならええけどの」
「此処、役職とかないらしいから」
「そんじゃったら苦労する意味、あらへんがな」
「前の社長には映画を矢鱈勧められて、観るのが大変だったんだって」
「それで映画詳しいんか」
「洗脳されたって云ってた」
「上条グループの前の社長って、あれじゃろ。アルビノのひと」
「そうそう。なんか映画オタクだったらしくて、来るたんびにリョウ君捉まえては、映画の話してったんだって」
「はあ……。それもまた、難儀な話じゃの。上司の我が儘に左右される職場なん、最悪やで」
「そういうことはよく判んないけど」
「おめえは本当に極楽とんぼじゃのう。社会人はそんなこっちゃ、やってけえへんど」
「別にいい」
「しょうもねえやっちゃのう。……社長がそんなんじゃったら、ここは趣味の施設なんかの」
「どうだろ、社長の趣味で企業のお金が動くとは思えないけど」
「企業責任者がこれはあかんてちゅうたら、通らんことが大半じゃけども、上条グループの場合、別格やで」
「そうなの?」
「特に図書センターはそうじゃの」
「リョウ君、いいとこに就職したんだね」
「おめえもいいとこに就職して、ぼくを安心さしてくれや」
「そうしたいのは山々なんだけど」
「わしゃ、おめえの保護者しちゅう訳ちゃうど」
「判ってるよ」
「……判っちゅうならええわ」
「なんか不貞腐れてない?」
「まあ、なんでもええじゃろうが」
「そうなの?」
「気にせんとき。今日は何を借りたいんじゃ」
「んー、馬鹿っぽい映画」
「馬鹿映画ゆうて入力して、検索出来るんかいや」
「出来ないと思う。だからリョウ君に訊こうと思ったんじゃない」
「忙しい身なんじゃけぇ、ええように使こたらあかん」
「今はデータ管理してるだけだっていうから、そんなに忙しくないと思うよ。なんでも教えてくれるし」
「ええ子じゃのう」
「うん」
「ホラー映画は阿呆みたいなん、ようあるけえど」
「ホラーは色々あるよ」
「阿呆みたいなんは、恐わないちゃうん?」
「そうかも」
「日本のホラーは恐えから、外国のにしとき」
「これは?」
「『Dr.チョッパー』? 題名だけで阿呆じゃて判るのう」
「左人志、バイク好きだからいいんじゃない」
「阿呆なバイク乗りの話なんかいらんわ」
「じゃあ、どれにしようか」
「バイクの映画なら『イージー・ライダー』がええのう」
「それの音楽知ってる」
「有名だからの」
「『イージュー⭐︎ライダー』って曲もある」
「なんじゃい、そら」
「奥田民生の曲」
「パロディけ」
「違うよ。あ、これは? 『死霊の盆踊り』」
「絶対、阿呆やな」
「これにしよう。後はその『イージー・ライダー』にしようか」
「二本でええんか?」
「たくさん借りても観切れないし」
「そうじゃの」

     +

「どっちから観ようか」
「阿呆なん先にした方がええのと違う?」
「ポップコーン作ろうか」
「ああ、ええのう。映画館みたいで」
「ちょっと待ってて」

 ……………。

「なんじゃい、わざわざフライパンで作ったんか」
「乾燥玉蜀黍があったから」
「なんでそんなんあるん」
「ワゴンで安かったから」
「はあ……。へえ、そう」
「じゃあ、観ようか」
「どっちを」
「まあ、おれは不味いもんから手をつける方だから、『死霊の盆踊り』かな」
「どっちでもええわ」

「ああ……。これは、どないやねん」
「なんでそんな疲れたふうに云うの?」
「それを訊ねんのけ? 云ってみりゃあ、すべてが鬱陶しい。すべてが煩わしい。こいつら全員を抹殺したい。以上、ビシ」
「そんな感じだね。凄く低予算っぽいし」
「これ、マジで作っとるんかのう」
「DVDになってるくらいだから」
「配給した奴、頭腐っとんちゃうか」
「何かに紛れてたんじゃない?」
「紛れるにもほどがあるわ。何を表現しとうて、こんなもん作ったんかいのう」
「さあ……」

 ………………。

「はっきり云うて、時間の無駄以外のなにもんでもなかったで」
「そうだねえ。やっぱリョウ君に訊けば良かった」
「木下君やったら、これ好きそうじゃけえどもな」
「うーん。リョウ君だったらそうかも」
「なんちゅうか、どっと疲れたわ」
「なんか食べる?」
「ああ、午喰うちょらんでのう。影郎は腹減っちょらんの?」
「少し空いた。適当になんか作るよ」

     +

「出来たよー」
「なに作ったん。あー、サンドウイッチか」
「ピタパンがあったから、解凍して適当に野菜とか挟んだだけだけど」
「美味しそうじゃのう。喫茶店なんかで出てきそうじゃ」
「カフェって云ってよ」
「そんなとこ行かへんもん」
「女の子と行ったりしないの」
「行かんのう」
「何処でデートしてるの」
「何処て、そのへん」
「なんか左人志って、色気ないね」
「ほっとけや」
「そのサラダ菜、うちで採れたやつ」
「へえ。……蟲、喰うちょるがな」
「無農薬だもん」
「ほう」
「ハーブティーもうちの。ローズマリーとミント」
「なんでもあるのう」
「ハーブを育てるのは簡単だよ。蟲つかないし」
「匂いがきついからかの」
「でも、紫蘇は凄く蟲がつくよ」
「判らんもんじゃのう」
「葉っぱが柔らかいのは、食べられちゃう」
「まあ、硬い葉っぱは蟲も厭じゃろうな」
「木酢液撒いてるんだけど、あんま利かないなあ」
「このツナ、美味しいのう」
「それ、うちで作ったやつ」
「こんなん作れるんかいや」
「茹でた鮪の刺身をオリーブオイルに漬けただけだよ。唐辛子と茴香と月桂樹の葉っぱ入れて、濃いめの塩水で茹でるの」
「何処でそんな知識を仕込んでくるんじゃ」
「ネットで」
「便利な世の中じゃのう」
「なんでも判っちゃうよ」
「おかしなこと、調べよんなで」
「譬えばどんなこと?」
「自分で考えや」
「けち」
「おめえは耳年増っちゅうか、実際に体験してるみたいじゃけえ、調べんでもいろいろ知っちゅうじゃろが」
「誰に聞いたんだよ」
「甘利」
「何を聞いたの」
「おぞましゅうてよう云わん」
「甘利、なんで云うかな」
「他人にあねえなこと云う方が悪いんじゃろうが。世間体ってもんを考えんかい」
「そんな凄いことかな」
「普通の人間はあねえなこと、せえへん」

 ………………。

「こういうタイプのバイクは好みじゃねえのう。アメリカンは好きちゃうし、チョッパーやフロントフォークが長過ぎるのは嫌いじゃ」
「どんなのがいいの?」
「今、乗っちょるようなやつじゃの。ヨーロピアンタイプとかクラシックなやつ。CBとかSRとかCLUBMANとか」
「判んない。でも左人志は古くさいのが好きだよね。車もそうだし」
「最近のデザインなん、みんな一緒でおもろないんじゃ。丸っこくて」
「風の抵抗が少ないからいいんじゃないの」
「日本の速度制限なら、そんなこと考えんでもええやんけ。でも、今の車はもう駄目じゃのう。イカれてきたわ」
「えー、買い替えちゃうの」
「もともと古いんじゃけえ。今度はもうちょっと、実用的なのにしようか思っちゅうんじゃわ」
「今のだってバンだから実用的じゃん」
「まあそうじゃけぇど、あないに大きい必要ないじゃろ。普通のセダンがええわ」
「なんか目星つけてあるの?」
「こないだ調べたら、グロリアの七十八年式のが恰好よかったのう。三万六千キロしか走っちょらんし、百二十万じゃった」
「どんな色」
「オリーブグリーン」
「あ、良さそうだね」
「丸目四灯ってのが良くてのう」
「よく判んないけど」
「最近の車は角目ちゅうか、車体と一体になったデザインばっかじゃけえの。昔の車はヘッドライトが分かれちょるっちゅうか、普通のライトみたいなデザインじゃったんよ。今、乗っちゅうやつもそうじゃろ?」
「ああ、ああいうのか。……映画、ちゃんと観てる?」
「観とるわ。もう、あの顔の長い男の乗ってるバイク、あほ過ぎるわ。頼まれても乗りとうない」
「そうなんだ。……あんな風に焚き火して、ウイスキー飲んだら愉しそうだよね」
「おまえじゃったら焚き火に突っ込んで、己れがバーベキューになってまうやろうな」
「そんなことないよ」
「酒、呑まなきゃええじゃろうけどの」
「おれ、バイクとかよく判んないけど、あんな風にふんぞり返って乗ってて、なんかいいことあるの?」
「ねえのう。風がもろに当たるし、運転しにくいし」
「でもああいうの、よく見るよ」
「ハーレー乗る奴は、ああした改造するんじゃわ」
「ふうん」
「STEEDを改造する奴も多いけんど、あれは割とまともなのが多かったのう」
「ほんとにバイク好きだねえ」
「おめえがそういうのに関心なさすぎんのじゃ」
「だって、あんま興味ないんだもん」
「乗るのは好きな癖に」
「うん。楽だから」
「しょうがねえ奴じゃのう」

「なんで悪いことしてないのに、撃ち殺されちゃったのかなあ」
「アメリカだからじゃろ」
「アメリカ人だって、理由もなく殺したりしないんじゃない?」
「電話鳴っちゅうど」
「あ、リョウ君だ。はい、もしもし。……うん、行ったよ。『死霊の盆踊り』と『イージー・ライダー』借りた。……そうなんだよね、意味判んなかった。今、『イージー・ライダー』観たとこだけど、なんであんな風に殺されちゃうの? ……ふーん、そうなの。……そういうもんなんだ。……わざわざありがと、じゃあね」
「なんじゃって?」
「最後に殺されちゃうじゃん、今の映画。あれ、南部だからなんだって」
「南部じゃと殺されるんかいな」
「なんかバイブル・ベルトっていうのがあって、その一帯は閉鎖的で差別的だから、不良っぽかったりゲイだったりするだけでリンチにあったりするらしい。黒人排斥も激しいんだって」
「黒人ちゃうかったやんか」
「あれは他所者が煩く侵入してきたからだってさ」
「そんだけで殺しよんか、恐ろしい処じゃのう。おちおちバイクにも乗られへんやんけ」
「アメリカの南部と西部は行かない方がいいね。日本人も差別されかねないから」
「まあ、海外旅行はする予定ないけんどの」
「ヨーロッパなら行きたいなあ」
「何処に?」
「白夜が見えるとこ」
「北欧け。行ってみてもええかのう。影郎の親父さん、今度何処に赴任するって?」
「中国って云ってた」
「ほなあかんか」
「別にホテルに泊まればいいじゃん。北欧の方は冬が厳しいから保存食とか盛んなんだよ。そういうの、色々知りたいなあ。行かない?」
「考えとくわ」
「ムーミンの里もあるよ」
「それは興味ない」
「リョウ君って、スナフキンみたいだと思わない?」
「ああ、そんな雰囲気じゃの」
「向こう行ってもさ、バイク借りて乗ればいいじゃない。白夜は夏だから気持ちいいと思うよ」
「うーん。良さそうやけぇど、幾ら掛かるんかのう」
「ボーナスで行けないかな」
「車、買わなあかんのじゃで?」
「今度にしたら?」
「なんでおまえが決めよんじゃ」
「だって、あの車好きだもん」
「勢いで決められることちゃうで、調べてからな」
「今、調べようよ」
「なんでそうゆうことだけ、やる気満々なんじゃい」
「愉しいもん」

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?