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親心

「こんなことになって、どうすればいいんだろう」
「起きてしまったことは仕方がないですよ」
「棠野があんなに怒ったのははじめてなんだよ。玲二にはよく怒るけど、あれは注意してるだけだし、感情が激する奴じゃないから」
「怒るのも無理はないですけれど」
「同意の上とはいえ、奈津子ちゃんはまだ十五才だからな。あの娘が幼稚園に上がる前から結婚しようと思ってたなんて、惣一は何を考えてるんだ」
「おとなしい子だと思っていたんですけど、情熱的だったんですね」
「情熱も何も、変態に近いじゃないか」
「変態って、子供に対してなんてことを云うんですか」
「奈津子ちゃんがみっつだったら惣一は九才だぞ。そんな年の頃、おれは母親が死んで家のことを全部やって、女の子を気にするどころじゃなかった」
「それはひとそれぞれですよ」
「とんでもないませ餓鬼だ」
「そんな云い方をしないで下さい。ひとを好きになる感情は尊いものです」
「それはそうだけど、相手が悪い」
「バンドはどうなさるんでしょう」
「解散だろうな。棠野が始めたものだし、あいつが実質的なリーダーだ」
「やめてしまってもいいんですか」
「別に構わないよ。おれももう年だし、若い頃は兎も角、今は趣味でやってるだけだから」
「長くやっていたのに、惜しいですね」
「いつまでもやっていたのがおかしなことだったんだよ。親父もずっと心配してたのに」
「そうですね」
「江木澤さんに相談してみようかな」
「部外者のひとの方が話し易いかもしれませんね」
「あのひとも息子と娘が居るし、ふたりとも同じ年だしな。玲二に話したってどうにもならんから」
「やはり頼りないですか」
「子供が居ないし、あいつ自身が子供みたいだからな」
「そこまで頼りないとは思いませんけど」
「親になれないどころか、亭主としてちゃんとやってるかどうかも怪しいよ」
「夫婦仲は良いじゃないですか」
「かみさんが確乎りしてるからだよ」
「茉有美さんは母親のようになさっていますからね」
「玲二はひとに甘える環境にばかり居るんだよ。兄貴が猫可愛がりして、棠野は保護者みたいにして」
「禎さんも守ってあげているじゃないですか」
「弱々しいからだよ。自分じゃ何も出来ない奴なんだ」
「周りが手を貸さなければ自分でなさいますよ」
「頼りなさ過ぎてほっておけないんだよな」
「玲二さんも甘えている訳ではないと思います」
「もともとの性格だろうな」
「禎さんみたいに自立したひとには歯痒く思えるでしょうね」
「自立せざるをえなかったんだよ。お袋が死ななければ、違った性格になってたと思う」
「どうでしょう。衛さんも確乎りしていらっしゃいますから、血筋なんじゃないですか」
「それはあるかも知れないな。浮ついた人間はひとりも居ない」
「バンドをやっている禎さんが、一番やんちゃだったのかも知れませんね」
「そうなるのかな。親にも心配掛けたから」
「棠野さんとも、もう一度話し合った方がいいですよ。ふたりの問題といっても此方は男なんですから責任があります。奈津子ちゃんが妊娠でもしたら大変なことになりますよ」
「避妊しなかったのかな」
「結婚するつもりだったなら、しなかったんじゃないでしょうか」
「もう、どうしたらいいんだ。そんなことになったら、棠野に殺されても文句は云えない」
「そんなことはしないでしょうけど、あれだけ怒っていたんですから裁判沙汰にはなるかも知れませんね」
「衛に迷惑を掛けるかも知れないな」
「甥が事件を起こしても責任を問われたりするんでしょうか」
「警察だからな。淫行事件となったら自粛しろって云われるかも知れない」
「淫行なんて云われてしまうのでしょうか」
「相手が十五才で、惣一は二十一なんだよ。世間からはそう思われても仕方ない」
「惣一はどうなってしまうのでしょう」
「大学は辞めさせた方がいいだろう。きちんと就職して、大人としてもう一度考え直した方がいい」
「学校を辞める必要があるんでしょうか」
「学生って立場に甘えてるんだよ。社会に出れば世間の厳しさが判る筈だ。勉強したかったら、あとで復学も出来るだろ」
「奈津子ちゃんはどうするんですか」
「気持ちが変わらなければ、あの子が成人してから結婚すればいい。棠野が許すかどうかは判らないけどな」
「その頃になれば腹立ちも収まっていると思いますよ。棠野さんがあれほど娘さんを大事にしていたとは思いませんでしたけど」
「おれもそう思ったけど、自分の娘だし、奈津子ちゃんは美穂ちゃんほどやんちゃじゃないからな」
「木下さんが教育してから、ふたりともいい子になりましたよ」
「あのひとは子供みたいだから、友達と遊ぶ感覚で云うことを聞いたんだろう」
「そんな方なんですか。由希子のピアノのことで、あれこれアドバイスなさって下さいましたよね」
「ひとの為に何かするのが苦にならないみたいなんだよ。どうしようもない奴の面倒も見てやってたし」
「どんな方のですか」
「麻薬に手を出して警察に捕まった奴の保釈金を出したりしてたな。玲二はあのひとをもの凄く嫌ってたのに、怪我をしたら駆けつけてくれたし」
「優しいひとなんですね」
「おひと好しなんだよ。頼まれると断れないんだろうな」
「会ったことはないですけど、江木澤さんが変わり者だとおっしゃっていました」
「変わってるけど、良いひとだよ」
「奥さんととても仲が良いそうですね」
「異様に仲が良いな」
「お子さんがいらっしゃらないそうですから、その所為じゃないですか。玲二さんと茉有美さんも、いつまでも恋人同士のようですし」
「あのふたりとは別だよ。木下さんは玲二と違って責任感は強い」
「一度お会いしてみたいです」
「会わない方が良いんじゃないかな。理解に苦しむと思う」
「面白そうじゃないですか」
「面白いことは面白いけどな」

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