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きらきら

 羽を広げた鳥が、石段から飛び立つ。
 胸が黄色い鳥だった。
 ポプラ並木のその向こうに、行ってみたいと思った。
 学生たちに阻まれて行くことが出来なかった。
 いくじなしだったのかも知れない。
 弱々しく萎びてゆく、蔓の先の果実。
 腐り果てたチョーク。
 2Bのペンシルで、描き出された彫刻。
 そこに何が在るのか、そこに何が無いのか。
 きりきり舞いをする頭脳。
 高いたかいポプラの木の下で、君は笑っていた。
 誰かと笑っていた。
 春を待つ、芽吹きを隠した冬に。
 強制か自主かどちらか、と番人が云った。
 自主的がいい。
 強制など、古びた鉄錆色の言葉だ。
 後悔も、未練も、何もない。
 何も出来ずにいた無力なぼくに笑い顔を残して、彼女は消えてしまった。
 地下を走るのは銀色の電車。
 郊外までゆくのは、赤い電車。
 オレンジに滲む夕日の向こうへ行きたいと、云ったのかと思った。
 盗み出した安物のマニキュアで爪を染めた。
 潮風が攫っていった。
 すべてを。
 穴に潜り込む蟹。
 追い掛けなかったのは何故なのか。
 捕まえられなかった、不器用なきらめき。
 取り残されたアンモナイトの翳り。
 不具合を抱えた蝸牛菅。
 インパルスは螺旋神経質を駆け抜ける。
 ねじまく呼吸。
 うずまく疾風。
 赤い陰に消えた女の子。
 手を伸ばして、手を伸ばして、手を伸ばしても、攫めなかった、光の筋の、等式のフローチャート。
 ブロッケン現象に目が眩む。
 穴に駆け下りる兎。
 追い掛けていった、女の子。
 何処へ行ったのか、何処まで行ったのか、何処に行きたかったのか。
 謎解きの芋虫は、茸の上に蹲る。
 口だけ残して、猫は消える。
 お茶会は掻き乱され、女王は斬首を云い渡す。
 くるくる廻る、縞模様の切れ端を、摑みそこねた。
 螺旋階段を、いつまでもいつまでも、昇り続けたその先に、何が在るというのだろう。
 膨張する宇宙の裏側に、何が隠されているのか。
 深淵の、真円の、深遠な、神園。
 兄弟の、姉妹の、まるい月。
 沙漠の果てで、物乞いをする僧侶。
 剃り上げたまるい頭。
 雲母の輝きの、その綺羅綺羅しさに、目を潰される。
 穴から出た、土竜。
 漆黒の闇夜の中に、見つけ出す。
 イリジウムのウロボロス。
 カードを配り、賽を転がし、引き当てたのはジョーカー。
 サイコアナリシスの知ったかぶり。
 さかほがいの赤ら顔。
 さかとんぼを切る道化役者。
 さかまく海の彼方。
 煤色の彼誰時に叫び出す、盛りのついた猫。
 影だらけの影踏み。
 シトロンのシトロエンが巻き起こすサイクロン。
 行方不明の画鋲を探し当てる、山師。
 磔になった羊。
 ばらばらに散らばる自転車。
 跡をつけて、息を殺し、手探りで。
 あさっての方を向く羅針盤を頼りに。
 骨張った男が描く、骨張った少女。
 犬喰いする老婆。
 幾何学模様の、金粉に彩られた、紅毛人。
 グリエールのマチエール。
 ノイレングバッハの黒い壺の上で、抱き合う恋人たち。
 吠え猛る絵画。
 アルトゥール・レスラーに綴る。
 「ぼくたちが赤だからです」

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