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家庭の事情

「奈津子が惣一とつき合ってることを、おまえは知ってたのか」
「会ってることは知ってましたけど、交際しているとは思いませんでした」
「今日がはじめてだったんだな」
「そう云ってるじゃない。あたしが頼んでも惣一君は断ってたよ」
「当たり前だろ、おまえはまだ子供だ」
「子供じゃない。クラスの子だって彼氏が居るもん」
「大学生とつき合ってる奴が居るのか」
「居るよ」
「嘘をつくな。だいたいそんなことを相手に頼むなんて、恥知らずな娘だな」
「好きだったらしたいじゃん」
「馬鹿野郎。妊娠したらどうすんだ」
「ちゃんと避妊してくれたもん」
「あんの馬鹿息子。殺すだけじゃ飽き足りねえ」
「落ち着いて下さい。高校生が大学生とつき合うのは普通のことですよ」
「なに云ってんだ。奈津子はこの間まで中学生だったんだぞ」
「中学生だって男女交際はします」
「その頃からやってやがったら、あの糞ったれを八つ裂きにしてやる」
「してないよ。惣一君は真面目だもん。あたしが高校生になるまで絶対しないって云ってた」
「そんなことは当たり前だって云ってるだろ。中学生が妊娠でもしてみろ、『金八先生』の杉田かおるじゃねえか」
「何を云ってるんですか」
「男はいいんだよ、出して終わりなんだから。女は駄目だ。子供の癖に、何してやがんだ」
「そんな怒鳴らないで下さい。此処はアパートなんですよ」
「兎に角、車折の処へ行ってくる」
「地下鉄で行かれるんですか」
「バイクだよ」
「お酒を呑んでるんですよ」
「ちんたら電車で行ってられるか」
「飲酒運転はいけません」
「とっくに醒めてるよ」
「せめて車で行って下さい」
「判ったよ。おまえはこいつを見張ってろ、何処へもやるなよ。携帯電話も取り上げておけ」
「ちゃんとおとなしくしていますよ」
「じゃあ、行ってくる」

「あんな怒ったお父さん、はじめて見た」
「そりゃ怒るわよ。美穂は奈津子と一緒に部屋に居なさい。奈津子、携帯ちょうだい」
「いや」
「いけません。お父さんが云ったの聞いてたでしょ」
「惣一君とつき合って何が悪いの」
「つき合うのが悪いって云ってるんじゃないの。ホテルに行ったり結婚したいなんて、早過ぎるでしょ。そんなこと、誰かしてる?」
「ラブホテルくらい、行く子は居るよ」
「美穂は黙ってなさい。奈津子、携帯電話を持ってらっしゃい」
「なっちゃん、持って来なよ。携帯使いたかったらあたしの貸したげるから」
「貸しちゃ駄目。美穂も出しなさい」
「えー。なんであたしまで」
「パソコンも持ってくるのよ。メール出来るものはみんな出しなさい」
「横暴だよ。あたしには関係ないじゃん」
「仕方ないでしょ。お母さんだって困ってるの。あんなに興奮したお父さん見るのははじめてなんだから」
「恐かったよねー」
「呑気なこと云ってないで。子供を心配してるのよ」
「なんか彼氏作るのが恐くなっちゃった」
「度が過ぎなければいいの。奈津子は先走り過ぎたのよ」
「惣一君はあたしが小さい時からお嫁さんにするつもりでいたんだよ」
「小さい時って、いつ頃?」
「幼稚園くらいの時から」
「そんな頃から? そういえば美穂が家来みたいにしててもうちに来てたわね」
「あれ、お母さんの料理食べに来てるんだと思ってた」
「マゾなのかと思ってたわ」
「お母さん、なに云ってんの」
「だってあんたたち、惣一君を顎で使ってたじゃない。ものを取って来させたり、靴を履かせたり。車折さんたちの前でもそうだったから、お母さん、本当に恥ずかしかったわよ」
「リョウ先生が来てから直ったじゃん」
「木下さんのお陰よね。あのひとの云うことはよく聞いたから」
「おれの真似してりゃ大丈夫だって、説教は最初の日だけだったよ」
「あのひとの真似して、よく此処までになったものだわ」
「教育してる気になってるから可笑しかった。でも、礼儀とかはちゃんとしてたよ」
「それはしっかりしてたかしら」
「脱いだ靴は揃えろとか、出したものは元に戻せとか、目上の人間は敬えとか、ね」
「奈津子、そんな顔しないで。車折さんや幹子さんと話し合えば、お父さんも落ち着くわよ」
「余計腹立てそう」
「そんなことないわよ」
「だって車折のおじさんは惣一のお父さんだよ。絶対庇うって」
「悪いことした訳じゃないものね」
「そうだよ。好きだったらエッチするのは普通だもん」
「お父さんも女性関係は盛んだったんだから、ひとのこと云えない筈なんだけど」
「そうだよね」
「初体験なんか中学生の頃だったと思うし、美穂がお腹に居る時、浮気してたし」
「うそー。まじで?」
「そうよ。問い詰めたら白状して、平謝りに謝ったわよ」
「さいってー。もうお父さんの云うことなんか聞かない」
「聞かなきゃ駄目。反省して二度としてないし、父親としてはちゃんとやってるんだから」
「なっちゃん、いっそのこと駆け落ちしたら」
「そのつもりだよ」
「やめてよ。お母さんを困らせないで」
「お母さんだって女なんだから判るでしょ、なっちゃんの気持ち」
「判るけど、普通の男女交際でいいじゃない。なんで結婚に拘るの?」
「惣一君じゃなきゃ厭なの。一緒に居たいの」
「あーあ、行っちゃった。惣一の何処がいいのかなあ。つまんない男だと思うけど」
「好きになったら周りが見えなくなるもんよ。お母さんだって、お父さんは好みのタイプじゃなかったもの」
「お父さん、カッコいいじゃん。友達も憧れてる子、多いよ」
「それは若く見えるし、バンドやってるからでしょ」
「まあね」

注)棠野が奈津子の「ちゃんと避妊してくれたもん」という言葉に「あんの馬鹿息子、云々」と怒りを新たにしたのは、当然、避妊したことに腹を立てたのではなく、娘が友人の息子と性行為をしたという事実を生々しく突きつけられ、火に油を注ぐ結果となったのである。
 秋子が妊娠中に浮気したというのは本当で、ライブに来ていたファンに誘われ、つい蹌踉めいた。誘惑が多いものの、浮気をしたのはこの時だけであった。

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