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さよなら三角また来て四角

「左人志、話があるんだけど」
「なんじゃい」
「友達と一緒に暮らしたいんだけど、いい?」
「いきなりな話やな。友達て誰」
「普通の勤め人」
「どこに勤めちょるん」
「実はリョウ君の同僚」
「紹介してもろたんか」
「紹介はされてないけど、図書センターによく行くから親しくなったの」
「んー。まあ、相手に迷惑掛けへんのやったらええんちゃうか」
「いいの?」
「反対する謂われ、あらへんもん」
「左人志はどうするの」
「どうするて、この家任されとるで此処におるわな」
「それでいいの?」
「いいも何もあれへんがな」
「お父さんやお母さんに云わなくていいかな」
「わしから云うとくわ」
「ありがとう」
「どういたしまして」

「もう荷造りしよんのか」
「うん。でもそのひとの車で少しづつ運ぶから、すぐには引っ越さないよ」
「なんや淋しなるのう」
「近くだし、ちょくちょく帰ってくるよ」
「そおか」
「左人志は結婚する予定、ないの?」
「ないのう」
「つき合ってるひとは居ないの」
「まだ結婚する気にはなられへんもん」
「早くいいひと見つけなよ。もう三十一なんだから」
「つき合うとる相手がおっても、時期ちゅうもんがあるけえの」
「おれ、出ていかない方がいいかな」
「そんなこと考えんでええて」
「でも、淋しくなるって云ったじゃない」
「ぽろっと出ただけじゃ。この齢になって淋しいもないわ」
「……ごめんね」
「謝らんでええ」
「ご飯とか持ってきたりするから」
「気い遣わんでええて。自分の好きなようにし」
「左人志は優しいね」
「そら優しいで」
「自分で云ったら価値が半減するよ」
「半減しても余りあるからええんじゃ」
「凄い自信だね」
「店は続けるんか」
「うん。続けた方がいいって云われたから」
「手に職があってよかったのう」
「そうだね。料理関係だったら他のとこでも出来ると思うし」
「喰いっぱぐれることはなさそうやな」
「幸いね」
「学校行けへんかったで、将来どないなるんじゃろう思たけど、実用的な趣味しちょったで役に立ったな」
「うん」
「その子ぉは、女の子なんか」
「男」
「男か。……まさか変な関係ちゃうやろな」
「違うよ。普通の友達」
「ほんまか。正直に云えや」
「ほんとだって。今度、紹介するよ。もの凄く真面目なひとだから、気に入ると思う」
「おめえの周囲に真面目なんがおったんか」
「居るよ、失礼だな」
「安心しとってええんやな」
「大丈夫」

    +

「はじめまして、草村紘といいます」
「あ、どうも。影郎の従兄弟の遊木谷左人志です。この子、なんか迷惑かけてないですか?」
「いえ、とんでもない。家のことをまめにやってくれて助かってます」
「おさんどんは得意だからね」
「美味しいものを食べさせてもらってますよ」
「それだけが取り柄だから」
「これ持ってきた。食べて」
「なに? お、グラタンか」
「レンジであっためるだけでいいから」
「草村君とこにはオーブンがあるのか」
「うん。部屋に元からある、造りつけのやつ。いろいろ作ってるよ」
「よかったのう、前から慾しがってたもんな」
「またいろいろ持ってくるから」
「いいよ、そんな気い遣わなくても」
「そんなんじゃないよ。ふたり分作るのも三人分作るのも一緒だし、左人志ひとりじゃインスタント食品ばっかになっちゃうでしょ」
「そんなことないて、ちゃんと食べとる」
「ほんとかなあ。おれが居た時、料理なんかしなかったじゃない」
「料理はしないけど、弁当や総菜買ってきて……」
「塩分高いから駄目だよ、そんなの」
「まあええがな、そねえなことは。それよりも客人がおるんじゃけえ、もてなさねえといけんがな」
「紘君はお客じゃないから」
「ぼくにとっては客じゃけえ、おめえは黙っとけ」
「へえ、おれは添えものだから要らないんだ」
「そねえなことは云うとらんじゃろがい。で、今日はどうする? ご飯、外に食べに行くか」
「おれが作るよ。食材買ってきた」
「なに作ってくれるん」
「ズッキーニのパスタ」
「なんそれ、どういうの」
「ズッキーニをピーラーで削いで、麺みたいにして食べるの」
「サラダなんか?」
「まあ、そうかな」
「ダイエットするひとが喰うようなやっちゃな」
「アメリカでそういうひとが食べてるみたい」
「この子、肉料理あんま作らないだろ」
「うーん、まあそうですけど、何を作っても美味しいですからね」
「庭の畑、どうなってる?」
「朝、水撒いとるけど」
「時々見に来るから、潰したりしないでよ」
「そんな手間の掛かることはしないよ」

ズッキーニ・ヌードル
 熱したフライパンに油をひき、みじん切りにした大蒜を炒める。
 殻を剥いた海老を入れ、色が変わったらスライサーなどで麺状にしたズッキーニと輪切りにした唐辛子を入れ塩胡椒する。
 ズッキーニに火が通ったらバジルとパセリを加え、火から下ろす。
 皿に盛り、オリーブオイルと粉チーズをふりかける。

「洒落た料理だなあ」
「こんなのばっか作ってくれるんですよ。外食しなくなりました」
「これは舌平目かい」
「うん。安かったの」
「レストランみたいだな」
「この間、焼いたアボカドのサラダを作ってくれたんですけど、美味しかったですよ」
「海老が入ってるやつ?」
「そうですそうです」
「あれは旨いな」
「作り方、教えようか」
「まあ、あれは簡単そうだな」
「簡単だよ。あとで作り方、書いとく」

      +
 
(帰りの車中にて)
「左人志さんって、関西のひと?」
「関西じゃないけど、岡山の出身だよ。なんで」
「ちょっとイントネーションが違うから」
「普段はもっと訛ってるよ」
「そうなんだ」
「別に矯正しなくてもいいと思うんだけどなあ」
「やっぱり仕事してると、方言は使わなくなるよ」
「そうなんだ」
「うん。職場にも東北出身のひとが居るけど、標準語で話してる」
「ふーん」
「微妙に判るけどね」
「方言って可愛いから好きなんだけどな」
「まあ、仕事をする上では標準語を喋らなきゃいけないみたいな不文律があるから」
「馬鹿みたい」
「あはは、そうだね」
「みんながおんなじ言葉喋ってたら、気味悪いよ」
「んー。まあ、そうかな」
「おれはそう思う」
「ぼくは静岡出身だけど、訛りって気にしたことないなあ」
「紘君はNHKのアナウンサーみたいな喋り方」
「やだなあ、それ」
「でもそうだから」
「……左人志さん、優しそうなひとだね」
「優しいよ。よく怒るけど」
「心配して怒るんだよ。ご両親が不在だから、お兄さん代わりに面倒みてくれてたんでしょ」
「うん。親より口煩かった」
「心配性なのかな」
「おれに落ち着きがなかったからだと思うけど」
「遊び廻ってたらしいもんね。ぼくは兄弟が居ないから、お兄さんやお姉さんに憧れたなあ」
「お兄さんやお姉さんは後から出来ないからね」
「そうそう。だから友達にお兄さんが居るのを利用して、時々遊んでもらった」
「子供の頃、夏休みなんかに岡山行くと、よく一緒に遊んだよ。船に乗って島に行ったり」
「いいねえ。今度の休みに行ってみようか」
「遠いじゃん」
「連休があるから行けるよ。お店は休めないんだっけ」
「おれが経営してるんだから、いつでも休める」
「じゃあ行こうよ」
「岡山は牡蠣が美味しいんだよ。焼き牡蠣なんか最高」
「うーん、今は季節じゃないなあ」
「海が近いから海産物はなんでも美味しいよ。キビナゴが有名」
「キビナゴは食べたことないな」
「青魚だからちょっと生臭いけどね」
「あ、桃も有名だよね」
「桃太郎発祥の地だからね。土産物屋さんには必ずきびだんごがある」
「美味しいの?」
「あんまり美味しいとは思わなかった」
「あはは、そうなんだ」
「一番美味しかったのはカキオコだったかな」
「カキオコって?」
「牡蠣のお好み焼き。これなら冷凍ので一年中食べられるよ」
「いいねえ。本当に行きたくなった」
「瀬戸内海が見えるからきれいだよ。田舎だけど」
「旅行するなら田舎の方がいいんじゃない?」
「そうだね。あんまり旅行しなかったけど」
「海外に行ったことないの」
「ない。パスポート持ってないもん」
「ぼくも行ったことない」
「北欧に行って白夜見たいなあって思ったことがあったけど、もう外国に行きたいとは思わないな」
「なんで」
「日本の方がいいから」
「言葉が通じるしね」
「うん。それに安全だし」
「北海道や沖縄なんか、まったく気候が違うから外国行くようなもんだよね」
「ハワイに行くよりいいよ」
「国内は割高になるみたいだけど」
「へえ、そうなんだ」
「バリとかグアムに行く方が安いみたい。韓国ならなら七、八万で行けるんじゃないかな」
「安いんだね」
「価格破壊だよね」
「ありがたいけど」
「国によっては物価が安いし」
「それでみんな行くんだ」
「大学生でも行くから」
「甘利も行ったよ」
「何処へ?」
「ベトナム」
「なんか、ちょっと恐そう」
「そんなことないみたいだよ。呑気な国だって云ってた」
「南国だからかな」
「そうかもね。甘利が呑気な奴だからかも知れないけど」
「あのひと面白いよね」
「昔っからあんな風だよ。蛇とか蜥蜴を捕まえては飼ってた」
「爬虫類が好きなんだ」
「そうみたい。餌獲るのによくつき合わされたな」
「どんなの?」
「蛙とかザリガニとか」
「うわー、残酷」
「食べるとこ、見られなかった」
「そりゃそうだよ。ぼくだって見たくない」
「普通、そう思うよねえ。こっそり蛙を連れて帰って飼ってたけど、すぐに死んじゃった」
「ああ、庭にお墓があるよね。野生の動物は飼育が難しいから仕方がないよ。ぼくも巣から落ちた雀を飼ったことあるけど、やっぱり死んじゃったもん」
「動物飼いたいな」
「何を?」
「小型犬とか」
「チワワ?」
「そんなに小さくなくてもいいけど……。あのアパートって、ペット飼ってもいいんだっけ」
「いいよ。隣のひと、猫飼ってる」
「猫もいいなあ」
「猫は散歩させなくていいから楽そうだよね」
「そうか、犬は散歩させなきゃいけないんだ」
「室内犬はしなくてもいいだろうけど、運動不足になっちゃうからね」
「猫飼おうか。リョウ君も飼ってるし」
「知ってる。引っ掻かれて腕が疵だらけだもん。なんか凄い襤褸アパートに住んでるって云ってたけど」
「襤褸いよ。築五十年くらいだから」
「それは古いねえ」
「一応ふた間あるけど、外観からして前世紀の遺物って感じだし、部屋は猫がズタボロにしちゃってるし」
「清世ちゃん、よくそんなとこに住んでるなあ」
「リョウ君が居ればいいんじゃない」
「結婚はしないのかな」
「しないって云ってる」
「木下君、変わってるからねえ」
「本人はそう思ってないみたいだけど」
「変わってるよ」
「そうだよねえ」
「影郎に最初会った時も、凄く変わってるって思った」
「何処が?」
「なんか、雰囲気が」
「そうかなあ」
「可愛い顔しておとなしいのに遊び廻ってるって聞いて、変な子だなあって」
「うーん、慥かに素行がいいとは云えなかったけど。でも今はもう、そんな遊び歩いたりしてないよ」
「バンドもやってたんだよね」
「あれは遊び」
「店でギター弾いてるじゃない」
「あれも遊び」
「上手だよ」
「結構、練習したもん」
「誰かに習ったの?」
「習ってないよ。弾けるひとなんか周りに居なかったから」
「凄いじゃない」
「凄くないよ、たいしたこと出来ないもん。いっつもリョウ君に馬鹿にされてた」
「木下君、凄いこと云いそう」
「云うよ。おまえよくひと前でそんなギター披露出来るな、面の皮が鉄で出来てるんだろうって」
「酷いねえ」
「毒舌家だから」
「でも、憎めないんだよね」
「そうなんだよねえ」
「後輩だけど、木下君の方がしっかりしてるもんなあ」
「紘君もしっかりしてるって」
「してないよ。まだまだ子供」
「まあ、年相応なんじゃない? おれより三つ年上だけど、もっと上に思える」
「それは老けてるってこと?」
「違うよ、落ち着いてるの」
「子供の頃からそう云われてたけど、つまらない人間って云われてるみたいで、なんだか厭だったなあ」
「つまらなくなんかないよ。優しいし」
「褒めてくれるねえ。なんかご褒美あげないといけないかな」
「犬じゃないんだから」
「あはは。影郎、犬っぽいけどね」
「わん」

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