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関係性をゆるやかに保つための贈与と新たに構築するための贈与について。

概要

このnoteは、以前に紹介したプロ奢マガジン購読者限定のオンラインサロン内の #贈与研究所 で行われている贈与論の講義のレポートである。

目的と課題

モースの贈与論を読んで、未開と呼ばれる先住民族の中にはコミュニティを維持しコミュニケーションを円滑にするための様々な贈り物と返礼の習慣が存在していたことがわかった。その中にポトラッチという特殊な贈与習慣についての記述があり興味が湧いた。ポトラッチとは破壊的な贈与合戦の事であり時には贈り物が破壊されたりもするらしい。

現代にもこの習慣は残っているのかどうか?ポトラッチは存在するのかを確かめてみたいと考えた。それを踏まえた上で贈与の習慣をどう活かしていくのが良いのか?自分なりに調査してみた。

職場とオンラインサロンでの贈与事例を元に考えてみた!

1. 職場の恒例行事における贈与

バレンタインデーのお返し選びに必死になっていた時期を思い出した。かつて地方で勤務していた頃、私はなぜか「そこそこセンスの良いプレゼントをする人」として認知されていた。転勤して1年目に失敗ばかりやらかしてしまい、何とか組織内での立ち位置を好転させようと、あの手この手で作戦を考えた結果として得た謎の称号である。

例えば、チョコレートをもらった相手の名前一覧を用意して細かい好みや苦手情報をメモしておく。女子チームのリーダー的な存在だった同僚へ女子界隈のトレンドに探りを入れるために食事中にさりげなく情報を聞き出す。センスの良さそうな男性同僚に事前にプレゼントの内容を聞いておく。(隙あらばパクる)などあらゆる事を試してみた。

結果的にホワイトデーでは好評を得たが、めちゃくちゃ疲れた。しかも、下手に1年目に頑張ったせいでハードルが爆上がりしてしまったのだ。初手で「ロクシタンのハンドクリーム」を送ってしまったら、来年はもっと良いものを送りたい!となってしまい、自分のハードルも相手のハードルも上げてしまったのである。めんどくさいし厄介な事になってきた。全員「白いブラックサンダー」にしとけば良かった。私の中でホワイトデーは感謝のお返しから恐怖のイベントへと変わっていった。

もちろん、1年に1回のホワイトデーだけなら何とか耐えられるかもしれないが、地方の職場の人間関係は濃密だった。本社からの視察、定期的なカラオケ、ビリヤード、ダーツ大会、近場への旅行、誕生会など盛りだくさんである。その都度、センスの良い自分を偽ってプレゼントを行う事は、はっきり言って重荷でしかなかった。地方の百貨店やショッピングモールを延々と回り続け、3時間以上吟味しても贈り物が決まらず、夢遊病者のように深夜帰宅したこともあった。

本社からの上長や取引先を歓待する余興では、異常なテンションで歌い踊り狂った。出し物は本気で練習をして、早朝深夜までオフィスに居残りしていた。みんなクソ真面目に振付を覚えてアイドルのコスプレもやった。しかもチームに分かれて接待比べ的な事をやるのだ。離脱する事は許されない。

結局は3年間この状態が続いた結果、辛くなったので離脱することにした。金銭的にも体力的にも持たないし、自分の興味の無い知識を延々と調べ上げる行為に嫌気がさしたからだ。最初は相手に喜んで欲しいという気持ちも無くはなかった。(元々の動機は職場での地位向上だったけれど)それも、最終的には競い合うことが動機になってしまった。

今思えば、上長同士が部下に対して、プレゼントの内容を競い合う位なら、まだ救いもあったように思う。贈り物の内容も購入も外注できるし、個人の負担も少ない。一般社員は、全部自分でやらなければダメだし評価が下がったときのダメージもより大きい。何より自分の興味の無い事柄に時間を割かれ続ける事が一番の苦痛であったように思う。

地方で疲弊して東京に戻ってくると不思議な気付きがあった。東京では組織が大きすぎて、職場内で個人同士で贈り物をする機会が減っていた。自分が意図的に減らしていたというのもあるが、人数が多すぎて物理的に個人間でプレゼントを贈り合うことが困難というのもあったように思う。誕生会なども、プレゼントは連名で送るか、ケーキ代を折半する程度で代用されていた。組織が大きくなると人の顔が見え辛くなり、趣味趣向もわからないので、贈与することが困難になっていく。地方のような定期的なイベントもない。大規模なイベントは全社でやるので贈り物はビンゴ等に変換され、会社対一社員のやり取りになっていた。

結果的に私は社内の贈与サイクルから離脱した。東京に戻ってきた時点で社内サークルなどに参加すれば良かったかもしれないが、根がコミュ障の自分にはハードルが高かった。地方に居る間に東京の組織はどんどん大きくなっていた。個人の顔も趣味趣向もわからず、IDや氏名などの記号でのみ関係する実体の見えない相手とのコミュニケーションは難しい。あいさつはchatでのmentionに置き換わってしまう。東京の巨大な職場は、個人間の贈り物による交流を拒むのに十分な環境だった。

地方はある程度顔が見える分贈り物をしやすく送る機会も多い。東京は顔が見え辛く贈り物を選ぶ難しさがあり送る機会も限られると言える。

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※あいさつを推奨する田舎の事例。地方は大体顔見知りだ。心なしか赤い服の子供がとっても大きく見える。あいさつ大事!

2. オンラインサロンでの贈与

次にオンラインサロンでの贈与について振り返ってみる。どんな時でも、知らない相手への贈与は緊張する。職場以外での交友関係を深めるためには自分の興味や趣向を整理しておかなければ難しい。そんな時に出会ったのが冒頭でも紹介したプロ奢サロンであった。何だか面白そうだな~と感じて、はじめてオンラインサロンに参加してみた。最初は積極的に発言できず、大人しくしていたが、ちょうど英語の勉強について悩んでいた時だったので、たまたま知り合った言語学者のゆーさんに相談をしてみた。相談内容については、こちらのnoteにまとめてあります。

結論から言うと相談して良かった。自分の取り組んでいること、興味を軸に新しい交友関係を作っていくことは、職場での人間関係の構築とは違う心地よさがあった。後日、相談のお礼にゆーさんへコーヒーを贈ることになった。なぜコーヒーなのか?こちらもサロン繋がりでコーヒーの専門家のよたろーさんとゆーさんがZoomでコーヒーについて話しているところを見たからである。

コーヒーなら、自分も地方に居た頃から毎日飲んでいてお気に入りの豆屋さんもあるぞ~!と考えて贈ることにした。無事にコーヒーが届くと、ゆーさんが丁寧に到着報告をしてくれて何だかとても嬉しかった。自分の興味や関心事を軸に人間関係が広がる楽しさは、職場で贈り物をしていたときには体験することができない感覚だった。

調査結果

地方の職場で感じていたホワイトデーの恐怖や、会社での接待対決はポトラッチであった可能性が極めて高い。また、贈与論ではポトラッチで敗れた者は面子を失うとの記載がある。実際に余興のクォリティが低かったり、社内イベントに非協力的だった(後に非協力的になった自分も含む)社員は、職場で浮いた存在になり、下手すれば異動や解雇になった。野蛮な習慣だと思っていたポトラッチは現代にも残っていた。しかも取引先を含む接待で余興を行う事は職場(ここでは地方支社)の威厳を見せる示威行為と言える。

贈与論からの一節を引用する

したがってポトラッチは一種の競技であるとともに試練でもある。試練としては、例えば、饗宴の間には、しゃっくりをしてはいけないという掟がある。「しゃっくりをするより死んだほうがまし」と言われる。

完全にあの余興の辛さじゃないか!ワンフレーズ、一振り間違えるだけでアウト。あの居残り練習は試練だった。

しかし、オンラインサロンでの贈与には試練や苦痛と言った感覚は無かった。これはなぜか?後ほど考察でまとめる。

考察

職場では、ポトラッチから離脱し極力個人での返礼を避けることにより、関係性は失われた。コミュニティでの人間関係の構築には定期的な贈与が必要であり。そのコミュニティで深い繋がりを望まないのであれば、贈与の循環から抜ける事が必要になる。しかし、ゆるやかに職場での関係を維持していくためには顔の出ない贈与などが必要になるだろう。例えば、ばらまき用のお菓子のお土産を買って名前を書かずに置いておく等。そして、職場で出世するためにはポトラッチを受け入れなければならない。良く気がきく上司は適切なタイミングで適切に贈り物をしてくれる。

職場での贈与が「強制的な贈与サイクル」であるならば、オンラインサロンでの贈与は「自発的な贈与サイクル」であると言える。興味の赴くままに贈与を行ったり、上手な贈与をしているサロンのメンバーも真似する事は苦にならない。

現在は、未開の世界と異なり興味関心を軸に関係性を構築できる。私はこれからは前者のサイクルをゆるやかに維持しつつ、後者のサイクルを大切にしていきたい。

謝辞

レポート作成の機会を与えてくださった全ての皆様へ、ありがとうございます。また、今回のレポートのテンプレを作ってくださった白紙さんに感謝します。ありがとうごさいます!

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