HOKUSAI

「絵は世の中を変えられる」

 この映画にカタルシスは無い。けれど、静かに人の心を揺れ動かす。

 かの世界的に有名な浮世絵師「葛飾北斎」の一生を描いた作品。この作品にカタルシスは無い。人の人生なんて、物語のような出来事なんてそうそう無い。だから、この作品は分かりやすく面白い娯楽では無いのだろう。けれど、人の心にしっかりと残る作品だと感じる。


一章

「何故絵を描くのか」

 蔦谷重三郎に見初められ「うちでかいてみないか」と誘われるものの、自身のプライドからその誘いを断る若き日の葛飾北斎(このとき勝川春朗)。しかし、喜多川歌麿との出会いや、若くして大成した東洲斉写楽と違い、自分は売れないまま。また、写楽への劣等感から筆を燃やし、死のうと海へ身を投げる。何もなくなっても、やはり描きたいのは絵だった。

二章

「こんな世の中に生まれ子は幸せだろうか」

 大成した葛飾北斎は、仕事に終われ徹夜して作品を描く。挿し絵画家としても、人気を博して正に順風満帆。子も生まれ、幸せの只中。しかし幕府は風俗を乱すものとして絵や読み本を取り締まるばかりだった。

三章

「この身体でしか見えないものがある」

 老人期。娘のおえいは成長し、妻は亡くなった。それでも、絵を描き続ける。ある日町中で突風が吹き、人々はあわてふためく。その様を即座に描きとる中、視界が歪んでいく。帰路に着くと、いよいよ倒れ込み床に伏す。命だけは助かったものの、手が震え筆が持てない。しかし北斎は絵が描けなくなってしまうと絶望に暮れることなく、スケッチの旅に出る。病体を押しての旅中、赤く染まった富士に出会う。

一方、葛飾北斎と懇意にしていた柳亭種彦は、武家でありながら読み本を書く作家であった。家と、自分と。狭間で苦悩する。

四章

「絵で世の中は変えられる」

 再び筆をとることが出来た北斎。しかし、彼の元に凶報が舞い込む。柳亭種彦が自害した。急ぎ向かうと、床には首の無い遺体があった。武家人でありながら本を書き続けた種彦を知る北斎は、彼が自害でなく殺されたのだと察する。そして、北斎の目で見た惨劇を、そのまま絵に写しとる。完成した絵を見たおえいは、この絵が見つかると父も無事ではないことを悟り、江戸を出るよう父へ懇願する。そして絵を持ち江戸を出た北斎は、嘗ての弟子に絵の保管を頼むと同時に、「ここで絵を描かせて欲しい」と願い出る。葛飾北斎は、死ぬその時まで、絵を描き続ける。

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