★20 書くべき言葉がなくなったとき

 なんだかんだ言ったって、結局一言で済む、幼いときに、あるべき身体的な愛が欠如していただけなんだって。
 
 喪は服していけば終わる、喪に服すことを急かさないで、
自分も露骨だった。他の人の目もあるのに、好意を隠そうともしなかった。皆も、あの人もあなたもわかっていただろうすべて。隠すのは自分は特に苦手で、自分の本当の情動反応を見せてしまうことばかりだし、それにそういうことって、皆何も言わないけれど、たちまちわかることなんだって。
 怖かった。
 胸が苦しい。
 でも今は元気になっていこうと思っている。
 どれだけあの人のことが好きだったか。あの人のことが好きで、あの人を傷つけないように、執着しないように、
 あなたがどれだけ、私が眠るために必要なものを与えてくれたか、私の人生にはじめて歴史を作ってくれたか、

 ああ若さが本当に終わるんだな、と思った。
 どうして嘆いてだけいたのだろうと後悔したくない、それでも悲しんでいることから目をそらしたくない。
 大切なものが削り取られているのかな。
 書くとき、もし書くことが完全になくなってしまったらどうしよう、もう同じ焼き直しだけ、新しい言葉が出てこなくなってしまったらどうすればいいのだろうと、怯えてもいた。
 もし、書くことを完全に終えることができたら、自分にはどんな人生が待っているだろう、もし書くべき言葉が一言もなくなったとき、そこからどんな人生が始まるだろうか、なによりも、ときめく。
 もうあの虚無だけは感じたくない。
 
 命を脅かされ、命を侵害されること、ぐちゃぐちゃにまざり、侵入されること、神経をちぎられること、まず、その殺されかけ、殺されている場所から逃げ出さなければならなかった。それだけを考えていた。だからこの世でもっとも愛する人々に、理解されず、未来を見るように声をかけられるたびに、あてのない激怒を募らせて、
 私にはどうしても理解が必要だった。生きていくために、絶対に必要だったんだ、それを一度も得られずに死んでゆく人々がどれだけ多いか知っている、それでも必要だったんだ、
 
 人を見るときに、小さな人でも、大人でも、この人は違う、誠実さ、という言葉では言い表せない、何か、この人は中身が詰まっている、特別な、人であると、感じさせられるなにか、あの、存在、
 そんなことさえ考えていないような、あの、美しくて、透明で、誠実で、あたたかくて、この世に存在している、この人は、特別な存在だと感じさせられる、そんな、
 呪詛や怒りや嫉み、嘆き、憎しみ、開放されたい、
 
 とにかく全く違う世界に触れる経験だった、あなたに出会ったことは。俯いて目をそらしていたわたしが、盗むようにあなたを見たとき、ふと、まつげが光っているような、瞳が大きく見えるような、目のふちが赤みがかっていたような、そんな目で、私をまっすぐ見据えていたような、気がして、また俯いた私に、
 あなたが泣いてくださるとは思いもしなかった。

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