★子どもの持ち物

 痛みはあるけれど迷いはない。耐え難い痛みが迷いを生み出しているだけ、ここまで自分を生かしてくれた迷いと目眩ましする葛藤は、どちらへ進んでも避けられない痛みを通り抜ける勇気を待っていただけ、助けてくれる誰かを待っていただけ。
 ただれた子どもがひとりで遊ぶその側で、安楽椅子に横たわり波の音の中で海を眺め続ける彼女を、たとえ殺されたとしても怒鳴りつける人間に、私はならなければなりませんでした。
 小さな彼を抱き、暖かな海へ浸かり、泣く彼を更に抱きしめ、こみ上げる激怒と痛みに私も泣きました。
 
 私は部屋に一人でいるとき愛の気持ちでいっぱいになっています。
 怒りと優しさの両方でいっぱいになること。
 
 愛ではないものを愛と呼んで私の身体の中へ注がれてきたこと、
 小さな私がただれた皮膚から玉のように体液をにじみだしつつ、耐え難い苦しみの中、微動だにできぬカゴの中に笑いながら取り残され、私が泣けば泣くほど喜んで私をきしませようとする全世界の中で、
 初めて彼が穏やかに眠れますように、彼の押し込まれた檻やカゴや箱を壊して、誰しもを殺し、
 君が何もかもを打ち壊したいと思うのは、君が拷問されていたからだよ、
 私が何もかもを打ち壊し、くびきを解いて、あなたの周りのあらゆる誰しもを擦りつぶして、君が初めて眠るとき、君が穏やかに眠るとき、疲れ切った小さな君が初めて疲れをあらわにして眠るとき、欠けた皮膚の苦しみさえ忘れたように眠るとき、初めて君が小さな子どもらしく口を緩ませ眠るとき、君が初めて手足を伸ばして眠るとき、君が初めて全てを沈めて眠るとき、君が初めて君の身体の重さを知るとき、私が汚れてさえいなければ、その穏やかな眠りが、君を癒やし切るまで、あらゆる異様を、君が一度も知らぬよう、私は君を包みつづけたい、
 つまるところ子どもの持ち物は愛しかないのだから、誰しも極限の凄惨さの中では愛しか持ち得ないのだから、子どもはなおのこと、
 本物の愛を知り、そのために本物の愛を持っている人を目の前にして、愛を与えられた人を目の前にして、私がどれほど驚いたか、
 怯えている私にはいつまでも子どもを犯すことしかできず、子どもを包むことができず、呼吸も止まり、血にまみれ、犯され、捨て置かれた私を私が私の汚れに怯え、触れることさえできないのは、私の目も頭も胸も部屋も時も真っ白なのは、部屋に誰も居ないのは、
 
 君が初めて温かい海の喜びを知るとき、柔らかさを知るとき、優しさを知るとき、眠るとき、涙を流す時、初めて痛みに叫ぶとき、初めて胸の全てを打ち明けるとき、あなたのすべてに気づくとき、君が初めて暖かさに抱き抱かれるとき、愛を怒りを痛みを空白を虚無を憎悪を恋を殺意を悲しみを嫌悪を吐き気を孤独を、初めて感じるとき、きみがうつくしい子どもであることを知るとき、君が初めて眠るとき、

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