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「美術館AKB」でも「美術館アイドル」でもなく、なんで「美術館女子」なんだろう

雑なマーケティングに雑なラベリングやカテゴライズは良くないよ!と思ってる記事です。

この記事の発端

ここのコメント欄で、めっちゃ長いこと書いてしまったので、折角だから記事化します。

ちなみに、私は人それぞれ見方や意見があると思うし、燃やしてる私は馬鹿だな〜もあると思うし、それはそれで良いと思ってます。

別にみんなが同じ意見や考えである必要なんて全然ないです。

ラベリングの暴力性

まず、マーケティング云々の前に、そもそもラベリングやレッテル貼りは、暴力的な一面があるよ、という話です。

例えば、「〇〇女子」の話題なので、性別で言うとトランスジェンダーが分かりやすいと思うので、事例を挙げてみます。

トランスジェンダーとは一般的に、性自認(こころの性)と身体的性が一致していない方全般を指し、大きく分けて「トランスセクシュアル」「トランスヴェスタイト(クロスドレッサー)」「狭義のトランスジェンダー」の3種類があります。性同一性障害と混同されがちですが、こちらは医学用語で、イコールとは言えません。

シスジェンダー(心体の性が同一)の方が自ら性別を名乗る場合は、他人から見た場合に見た目も一致しています。

しかし、トランスジェンダーが極めて体の性別に沿った服装をしている場合はどうでしょうか。
その場合、常に見た目の属性でラベリングされ、見た目の属性で扱われます。

トランスジェンダーの方が自認識に沿った性別を名乗った場合、それに対して見た目の属性から、女あるいは男じゃないとジャッジしてしまうのは侮辱です。
(思ってても言ったらいけないよ、ということです)

なので、他人からのラベリングは「時に暴力性や加害性を含んだものになる」という認識が欠かせません。
また、ラベリングをしないことと、自ら名乗った場合、その方その属性を尊重する事はなんら矛盾していないと思います。

つまり自ら「美術館女子」と名乗ってる人にはなんら異議はありません。

マーケティングのセグメンテーション

放送業界や広告業界のマスマーケティングといえば、有名なものは年齢と性別による区分けです。

■C(Child,Kids)男女4歳(あるいは2歳)~12歳
■T(Teen-age)男女13歳~19歳
■F1(Female-1)20歳~34歳の女性
■F2(Female-2)35歳~49歳の女性
■F3(Female-3)50歳以上の女性
■M1(Male-1)20歳~34歳の男性
■M2(Male-2)35歳~49歳の男性
■M3(Male-3)50歳以上の男性

上記の言葉を聞いたことがある人も結構いるのではないでしょうか。

かつて子供は、男性は、女性は、父親は、母親は斯くあるべし、というような半ば理想のライフスタイルが共有されていた時代の名残だと思っています。
(昭和の「一億総中流」みたいな幻想が流行っていた時のセグメンテーションだと思っています)

現在では正直あまりにもマス過ぎて刺さらないことが多いですが、それでも顧客やユーザー層をセグメンテーションしようとした時に、「年齢」と「性別」というのは真っ先に結構選んでしまう切り口ではないでしょうか。

マーケティングで「〇〇女子」「〇〇男子」が登場する時

自然発生的にぽわっと湧いて出た「〇〇女子」(腐女子とか裏垢女子ですかね)は、そう強い意味付けはなく緩い帰属意識だったりするかと思うのですが、これがマーケティングとか施策とかになってくると、状況が違ってくるんじゃないかなと思っています。
(マーケティングとか言いつつも、実際は広告出版業界のやばい解釈&拡散の合わせ技な気もしますけど。マーケティング勉強し始めたばっかりなのでバリバリ異論はあると思います)

個人的にジェンダーバイアスがバリバリ掛かってるなあ〜っていう事例をピックアップしてみます。

コンビニエンスストア側にとっては、店舗にスイーツを陳列するというのは女性客の増加を狙った上で実施していたのだが、実際にコンビニエンスストアでスイーツを購入していた客は男性が多かったとのこと。これにあいまってコンビニエンスストアでは男性客をターゲットとしたオリジナルスイーツを販売するまでになっている[1]。
2010年頃からメディアで使用され始めた[2]。その後茨城県立水戸第二高等学校卒業生が在学中に行った実験から得た科学現象の発見が、アメリカ化学会の専門誌に掲載された事象を「リケジョ」の快挙[※ 1]として報じた2011年の出来事[5]をきっかけに広く一般的に「リケジョ」が知られるようになったと日本経済新聞は報じた[6]。
2013年は、少子化の中で理系進学のメリットを女子生徒にアピール[2]、産業界から「リケジョ」を求める声が高まっているとする報道[3]、大学生の就職内定率の男女比において女性の方が上まった際に「リケジョの増加が一因」として“理系の女性”と報道[7]、などに用いられた。2014年は、刺激惹起性多能性獲得細胞(STAP細胞)を発見したと報道された理化学研究所の小保方晴子[8]に用いられる。
イクメンはイケメンから派生した語である。イケメンとは魅力的であることを表す俗語「イケてる」と顔立ちを指す「面」の合成語で、マスメディアを通じて2000年代以降に若者言葉として普及した。イクメンの語は、この「イケメン」の肯定的な語感を踏襲し、「イケメン」の「イケ」を養育の「育」に置き換えた合成語である。マスメディアの主婦向け情報番組などが、子育てに熱心な男性を現代的な父親像として定位する意図で用いたことから普及した。

下に行くほどモヤッと度が高いと思います。
これらの言葉がマスとして発信される場合のパターンを考えてみました。

☑︎ 本来想定していた層と違う層にヒットしている場合
☑︎ 特定の層を活性化させたい場合
☑︎ 特定の層の行動を変えたい場合

基本的に広告を打ったりPRする場合、他人の行動を変えさせる事を目的としている、という事はしっかり抑えておきたいと思います。

マーケティングとアンコンシャスバイアス

では、事例にあげた「スイーツ男子」「リケジョ」「イクメン」に含まれるであろうジェンダーバイアスだったりアンコンシャスバイアスを紐解いていきたいと思います。

ジェンダーバイアスはともかく、アンコンシャスバイアスとは。

このように今までの生活、習慣で無意識にできている考え、一種の偏見を「アンコンシャスバイアス」といえます。

アンコンシャスバイアスも良かれ悪しかれあり、いい面ではがなんとなく知らない人とも協調性を発揮出来たりしますが、悪い面では相手の特性を無自覚に決めつけて傷つけたりするよって感じでしょうか。

☑︎ スイーツ男子

「コンビニエンスストア側にとっては、店舗にスイーツを陳列するというのは女性客の増加を狙った上で実施していた」という通り、「女性はスイーツが好きである」という認識が結構浸透しているように見受けられます。

 スイーツ界にも春の新作が続々と登場する時期が到来し、心躍らせる人も多いだろう。最近は“スイーツ男子”も珍しくないとはいえ、甘いものといえば、その主役は「女性」という固定観念もまだまだ根強い。

つまり、つい最近まで「スイーツ」に関して「男性」は、マーケティング上では全く意識されてなかったセグメントと言えそうです。

ローソンのスイーツ売り上げの男女比は、男性4:女性6だが、新感覚スイーツは男性3:女性7となっている。

現在はやや女性が多いものの、概ね男性が少ないというほどでもないようで、コンビニで「スイーツ男子」という単語を特に推していないのも頷けます。

ちなみにスイーツ男子をスイーツ女子に変えた場合、こういう嫌なラベリングになる事もあります。

スイーツ女子とは、お菓子やデザートのことを「スイーツ」と勿体ぶって呼称する女性のことです。インターネット上では、「スイーツ(笑)」と呼ぶ人もいるようです。また、スタバにて人気のフラペチーノの写真を撮影し、加工してインスタにアップしたり、カフェで集まる女子会を「お茶会」などと勿体ぶって話すような女性のことを指すこともあるようです。

わあ、めっちゃ揶揄。
個人的にはスイーツ男子がスイーツを好む男性であるなら、同じくスイーツを好む女性という、ただそれだけの意味であって欲しいと思います。

☑︎ リケジョ

今更解説する必要なさそうですが、念のためしっかり前提条件を書いておきます。

リケジョとは、「理系女子(りけいじょし)」の略語[1][2]で、理系の女子学生や女性研究者[1][3]、理系の進路を目指す女子中高生[1]、理系の女性社員[4]などを意味する俗語。

そしてこの「リケジョ」はこの「理工学部に進学し、あるいはすでに過程を終了した女性」を活用したり増やそうと言った文脈とセットで語られることが多いですね。

先程のスイーツ男子は、マーケティング上で認識されていないセグメントでしたが、こちらはどうでしょう。

山形大学による「理工系大学・学部への女性の入学状況に関する考察」です。

本稿は,理工系学部を専攻する女性が少ない一因を考察するため,大学入試に着目してその実 態を把握し,先行研究に新たな知見を与えることを目的としている。
全国の理工系大学 ・学部 (394)を対象とした調査 u男女別大学入学者調査J)を実施したとこ ろ,その入学者数が男女別に判明したのは29学部 (国立10,公立31,私立158)であった。その うち,女性学生比率が30パーセント以上の理工系大学 ・学部を「高比率群Jとして,大学特性を 分析した。 しかし,該当する 学部が65しかなく,それらの所在地や女性教員比率の特性を 一般化 する には サン プルが少ないと思われた。

バッチリ、理工系を目指す女子が少ないって書いてありますね!

ちなみに、そもそも理工学部の前に女子学生には大学に進学させてもらえないパターンがある事を認識して欲しいです。

これをひと言でまとめると、「地方において高卒で進学する割合は女子のほうが高い。ただし遠方で費用がかかる四年制大学に進学する割合は男子が高く、女子は短大など地元の学校に通う傾向が強い」となります。

つまり、理工学系をしっかり学びたい女性が4年制大学などを選択した場合、経済格差などの理由から断念せざるを得ない、という状況が見えてきます。

そこで「リケジョ」などインパクトのある単語を使って進学のメリットなどをアピールし、進学する女性を増やそうと言った戦略です。

しかし、世間のイメージは一時期話題になった小保方さんのイメージが強く、やや実態と違う期待やレッテルの貼られ方をするようです。

正直、TVであまりにも女性性に着目した報道や編集が過剰だったのでは?と思っています。

また、そもそも「リケジョ」という単語は世間のジェンダーバイアスともろに戦っている単語でもあります。

東京医科大学は、四浪以上の学生や外国人学校出身者、そして女子学生を入試で不利な扱いとしたらしい。

同医大の関係者が説明するには、「女性医師は妊娠や出産のために離職する率が高いから」ということだった。また、「女性医師はきつい仕事をやりたがらないから敬遠されて仕方がない」との見方をする医療関係者も少なくないようだった1。

しかし、調べていくほど、その理由付け自体が思い込みなのでは?と疑いたくなってくる。

まず、「肉体的にきつい仕事を女性医師がやりたがらない」という考えには、医療同業者から疑問の声があがっている。確かに、平成28年の厚生労働省調査では、大変とされる外科の女性医師比率は8.4%、整形外科は4.9%である。だが、やはり体力的にきつく勤務が不規則とみなされている小児科や産婦人科では、女性医師の割合が35%近くに達しているのだ2。

また、「妊娠・出産のために離職」というと、完全に医者を辞めて家庭にでも入ったような印象を持ってしまうが、実際はそうではないらしい。大分昔、平成18年の調査ですら、産休を取った女性医師の多くが復職している様子がみられる(50代の段階で30代以上の値になる)3。

そもそも、女性医師は大学病院にこそ残らないが、早めに独立し、開業医をやっている人が多いという。要するに、社会全体で考えれば、女性医師はきちんと働いている。そのことが無視されすぎてはいないか4。

むろん、大学病院をはじめとする過酷な労働環境の実態など、解決の難しい問題もあるのだろう。実際に女性医師が抜けて困っている現場もあったのだろう。

だが、その一方で、複数の学生の未来を変えてしまう重大な措置が、ずいぶんとあやふやな根拠に支えられていたものだ、との印象を抱いてしまう。
GitHubでの登録者数とそのデータからの実験で、女性コーダーが制作したコード内容が良いと答えたのは78.4%(男性は74.6%)ですが、登録者プロフィールに「女性」と書かれたところで同じコード内容なのに、評判良いと答えたのが62.5%までに下がってしまうという事がわかりました。

女性というだけで随分な扱いではありませんか?
そもそも「リケジョ」なんて単語でラベリングやカテゴライズされずに「人間」として評価して欲しくありませんか?

それはさておき、リケジョというのは性別のセグメンテーションで考えた時に片方が少ないという事実に基づいて、女性を増やす目的で作られた「〇〇女子」の単語だという事です。

☑︎ イクメン

だんだん嫌な感じになってきましたね。
結構、闇が深いイクメンに切り込んでみます。

イクメンとは、子育てを楽しみ、自分自身も成長する男性のこと。
または、将来そんな人生を送ろうと考えている男性のこと。
イクメンがもっと多くなれば、妻である女性の生き方が、
子どもたちの可能性が、家族のあり方が大きく変わっていくはず。
そして社会全体も、もっと豊かに成長していくはずです。
イクメンプロジェクトは、そんなビジョンを掲げて発足しました。

今、育児にもっと関わりたいという男性が多くなっています
また、制度改正により男性も育児休業が取りやすくなりました。
このような環境づくりに、社会全体で、より積極的に
取り組んでいくため、プロジェクトを推進していきます。

今は育児に関わる男性がそれなりに増えてきたようです。
ですが以前の男性にイメージはどうだったのでしょう。

今年4月、「女性活躍推進法」が施行され、女性がその個性と能力を十分に発揮して社会で活躍するための環境整備が進められているが、一方で男性の家事・育児への参画はなかなか進まない。ある調査によると、共働き夫の9割がまったく家事をしていないという。仕事に加え、家事・育児も一手に引き受けるワーキングマザーからは、「これ以上、どう頑張ればいいの?」という悲鳴もあがっている。なぜ、こんなことになっているのか。

つまり「家庭は女性」「仕事は男性」という認識が浸透していたのです。
そして家庭のことである子育ては女性の役目だとされてきました。
この時代の余波は現在も色濃く残っています。

男性保育士
全体の保育士の数の中での割合ですが、5~8%いると言われています。
「男女雇用」「男女共同」と叫ばれる中、逆に男性が少ない代表的な職だと思います。
なぜ少ないのか?
それは多くは給与の問題だと思います。中には、女性が圧倒的に多い職場環境に耐えられなかったということもあると思います。

女性のやる事とされてきた育児を、仕事として切り出した場合、女性は耐えられる給与だけれど男性は耐えられないらしい、という事は女性の仕事とされる分野は不当に賃金が低い可能性がある、ということではないでしょうか。

このように「イクメン」には圧倒的に浸透していたジェンダーバイアスを、解消しようとする強い目的が込められています。

これでわかるように、ポジティブの意味付けが強力であればある程、横たわる闇は暗く深い感じです。
BLMもそうですが、特定の属性へ向けてエンパワーメントさせる言葉が死語になる時とは、ある一定の問題意識や価値観が浸透して役目を終えた時でしょう。

「美術館女性」とジェンダーバイアス

アンコンシャスバイアスもしくはジェンダーバイアスによって、偏ったイメージが浸透している場合、「〇〇女子」「〇〇男子」系の単語は意外性を喚起して認識させる力があり、「〇〇女子」「〇〇男子」という単語をマーケティングとして出す時、話題性を作るために使われる事がある、ということをベースにして「美術館女子」のジェンダーバイアスを見ていきます。

これは、東京国立近代美術館の来館者をセグメンテーションした「現代美術展来館者のセグメント別特徴」です。

男性43.3%、女性56.7%とやや女性が多いですが、正直「〇〇女子」を冠するほど、ジェンダーバランスが崩れているとは思いません。

特定の属性で意外性と話題性を喚起するために「〇〇女子」を使用する場合があると書きましたが、これは、つまり実際の市場を見ておらず、ジェンダーバイアスによって(あるいはある種の思惑によって)「美術館女子」をつけて、わざわざ女性性を強調しているのではないか?という疑惑です。
(つまりキャッチーな話題性だけを求めて安易なカテゴライズしてるって事ですね)

「美術館女子」の記事にはデートの提案もあります。
このセグメントを参考にデートをする客層にテコ入れをするとして、もし恋人や夫婦を対象にするのであれば、少なくともアイドルの「女の子だけ」が登場する記事は説得力に欠けています。

正直、ファミリー層にはファミリーを見せる、カップルにはカップルを見せた方が、より効果の高いPRが出来そうです。

芸術分野における女性とジェンダーバイアス

前回も出しましたが、今回もあえて出します。
大事なことなので。

 それでは日本のアートワールドの状況はどのようなものになっているだろうか。本稿では、東京都現代美術館、東京都写真美術館、国立国際美術館、東京国立近代美術館という、国公立の美術館の収蔵作品の男女比について2019年1月時点でのデータを分析した。「性別不明」というカテゴリは、作者の性別がわからないもの、グループ、企業等である。

 結果、依然として男性作家による作品が78パーセントから88パーセントを占めていることが判明した([図5参照)。女性作家による作品は10パーセントから13パーセントにとどまっている。ただし、海外の美術館においても女性作家の作品は無視されているという批判はある。体系的なデータは得られていないが、美術批評家のジェリー・サルツは2013年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の常設展における女性作家の作品は8パーセントであると述べている(*7)。したがってこれは日本独自の問題ではないだろう。しかし、批判がすでに存在しているということは重要であり、美術館に作品が収蔵されることは、キャリア形成のうえで重要な問題である。女性作家が理由なく排除されないように引き続き努力していく必要はあるだろう。
 結果、美術大学と一般大学には大きな違いが見られた。美術大学のほうが、一般大学と比べて女性入学者の割合が大きく、女性教員の割合が小さいことがわかる。もっとも女性教員と女性入学者の割合の差が大きかったのは、東京藝術大学で55.2パーセント、もっとも小さかったのは関東学院大学で1.9パーセントだった。美術大学は教員と学生の割合の差が40~50パーセント台であるのに対し、一般大学では調査したうちでは元も差が大きかった首都大学東京でも19パーセントにとどまった。
 また、教員の女性割合に関しても東京藝術大学は特徴がある。民間企業でも大学でも地位が上になればなるほど女性比率は小さくなる傾向(*5)にあるが 、東京藝術大学の教授の女性比率はわずか2パーセントにとどまる。衝撃的である。教員/学生間のみならず、教員の間においてもジェンダーをめぐって極端なピラミッド構造があると考えられる。一般大学では東京大学の女性教授の割合が7.8パーセントと非常に少ない。いっぽうで美術大学においても、多摩美術大学や武蔵野美術大学などは、比較的教授職の女性比率が大きいといえるだろう。
 顕著なのは、学芸員と館長の男女差だ。学芸員では女性74%:男性26%なのに対し、館長となると女性16%:男性84%と数字が逆転する。この数字について、東京大学情報学環特任准教授・竹田恵子は「統計データから見る日本美術界のジェンダーアンバランス。シリーズ:ジェンダーフリーは可能か?(1)」のなかで、次のように指摘している。

女性作家の作品は極めて少ない状況にはこんな批判があります。

冒頭に挙げた美術館コレクションの「偏り」はナショナル・ギャラリーに限ったことではない。2012年には、アメリカのボストン美術館前に、あるプロパガンダを掲げた大型トラックが停車した。
「女性のヌードを描いた作品はたくさんあるのに、女性作家の作品はたったの11パーセント。裸にならなきゃ、美術館に入れないの?」
 匿名のフェミニスト・アーティスト集団「ゲリラ・ガールズ」によるパフォーマンスだった。

つまり、近年まで芸術は男性のものでしたが、先人たちの活躍があって、状況は少しずつ前に進んでいます。

しかし、女性の鑑賞者も多く、芸術大学への入学者も女性がかなり多くなり、学芸員も女性が増えたのに、未だ女性の作った作品は少なく館長の女性比率は少ないままです

この状況は、「リケジョ」の項目で扱ったように、女性が正当な評価を受けていないのではないか?ということです。

それなのに、「アイドル」という「女性」を男性の手により作品に仕立て上げ、客体化(モノ化)するという事は、女性は主体ではないという痛烈なメッセージになりかねません。
自覚がない分、随分と嫌味な感じです。

どちらかといえば、「美術館女子」ではなく「美術館長女子」とか「作家女子」の方が必要そうな感じです。
(正直、これも好きじゃないのですが!嫌味ですよ!)

現在ではすでに死語になりつつありますが、「女医」「女流作家」「OL」「女史」のような表現は、男性が主とするなかで「女性」であることを意識して表現したものです。

つまり、性差を強調するのをやめようねってことです。

美術館とマンスプレイニング

無知な女子を前面に押し出した「美術館女子」が燃えるのは、他にもマンスプレイニングとか色々問題が山積みだからです。

マンスプレイニングとは

男性の持つ「女性は自分より知らない・わかっていない」という前提の根拠が差別意識にすぎないことを指摘するものだが、一般的には「男性が、女性を見下すあるいは偉そうな感じで何かを解説すること」とされる[1][2]。

所謂、「説教おじさん」というやつですね。

一時期、こんな悪質な記事が出た事を覚えている方もいるのでは無いでしょうか。

創刊号の企画にする予定と語ったのは、美術館で女性に声をかけるナンパ手法。女性が1人で来ることが多い美術館は出会いの場所と考えることができ、趣味や知識を活かせるチャンスがあるとのこと。美術館に行く前には画家や作品のことを予習しておき、作品を熱心に見ている女性に「この画家は長い不遇時代があったんですよ」といったように知識を披露すれば会話に繋がるそうだ。
同インタビューで岸田さんは以下のように話している。
「『アートジジ』になりきれば、自然と会話が生まれます。美術館には“おじさん”好きな知的女子や不思議ちゃん系女子が訪れていることが多いので、特に狙い目です」

これに対しネット上では嫌悪感を露わにする声が続出し、「稀にこの手の人に遭遇しますが、正直鑑賞の邪魔でしかないし、少しでもこちらが『相手の知らない』話をすると途端に不機嫌になったりするので鬱陶しくて仕方ない」「マンスプレイニング(男性が偉そうに女性を見下しながら何かを解説・助言すること)のススメとでも書いとけ。ちょいワルどころか明確に悪」「ヘンな人が付きまとってくるんですけどって警備員呼ぶ案件だろこれ」と批判意見が殺到。

オエーーーーーーー🤮

ニューヨーカーが同氏の漫画をFacebookページでシェアした直後から、多くの男性から「マンスプレイニングなど存在しない」と説明するマンスプレイニングが次々と寄せられた。また、この漫画をジェンダー問題をとりあげた発言と切り離して考えようとする意見もあった。「性別は関係ない。一人がそれを不思議に思ったから、もう一人が思いやりの気持ちからサポートしただけだ」といったコメントや「彼女の相手は、頼まれなければ話しをしてはいけないのか? 意見を積極的に述べることが性差別なのか?」と疑問視する声もあった。

正直、マンスプレイニング以前にこう言った問題もあります。

付き纏いや痴漢がある上に、マンスプレイニングとかナンパとか、正直相手にしていられません!
こう言った現実がある以上、不用意に無知な女性を強調するようなPRはやめて欲しいのです!

そもそも、そんなに解説が必要なら、音声ガイドを借ります!

これは本当に他人事ではないのです。
万が一の初めての美術館でこんな目にあったら2度と来てくれないかもしれませんし、とてつもなく大きな損失です。
許すまじ…!

また、わたしは「女性の鑑賞者」と「女性の表現者」は切っても切れない関係性だと思っています。
芸術は感性だけではなく知識や文脈を持って作られる場合も多く、インプットのないアウトプットは非常に難しいため、概ね大量のインプットを必要とします。
(文章を読んだことのない小説家はいない、ということです)
そのため、鑑賞者がなく、突然表現者だけが現れることは中々考えづらいです。
また、舞台関係でも表現者がお互いの舞台を見合うことは良くあるように、程度の差はあれ、キッパリと切り離すことは難しいと考えています。

女性の作家や館長が正当に評価されないように、同じように鑑賞者においても、そのようなジェンダーバイアスが働いてる可能性はありませんか?
つまり「女性の作品が少ないから、女性は芸術は本気ではないのだ」と考える人はいませんか?ということです。
マンスプレイニングなどの被害にあった方が「鑑賞者であり、表現者で造詣が深い」場合、その情熱や知識の全てを「何度も」否定されることを危惧しています。
どれだけ金使ったり通っていようが、心が折れる時は折れます。

つまり、迂闊に人に話しかけるんじゃない!って事ですね。
基本的に作品をウキウキしながら見にきてるんだから水差すなって感じです。

これは美術館に行く全ての人にお願いなのですが、美術館で人に絡まれたり付き纏われて困っている方を見かけたら、スタッフに連絡して助けてください😭

美術館の担う「公共性」

さんざっぱらジェンダーバイアスなどを語ってきましたが、そもそも美術館・博物館は国公立私設問わず、公共性の高い施設であって欲しいです。

これは宝塚市が作成した「男女共同参画の視点に立った表現ガイドライン」です。

表現ガイドラインのねらい
・このガイドラインは、 1女性と男性を固定観念に基づいて表現するのではなく、それぞれの多様な生き方に基づいた表現をすること 2女性と男性を対等な関係として表現すること 3「性」を意識するのではなく、人権、人格を尊重して表現すること
を基本的な考え方としています。
・その表現が男女共同参画の視点からなぜ問題なのか、より適切に表現するためにどうしたらよいのか皆さんに 考えていただくための指針であり、特定の表現を禁止したり、機械的に言い換えたり置き換えたりすることは 目的としていません。

現代美術は差別や既成概念などを問うような作品は幾つもあったはずです。

なので、全国約150の公立美術館で作る「美術館連絡協議会」として、PRを作成するならただ乗っかるだけじゃなくて、ガイドラインを参考にしてチェックして欲しいよ!って事です。

まとめ

☑︎ 「〇〇女子(男子)」はイメージを覆す認識や話題性の為に使われることがある
☑︎ 安易な「〇〇女子(男子)」の乱用はチープ
☑︎ そもそも公共性の高い施設なのに、男女共同参画の視点に欠けすぎ

ぶっちゃけ、ちゃんと「美術館AKB」としてパッケージングして、変に「美術館女子」とかつけない方がもっと庶民だしサブカルど真ん中で良かったんじゃないか…とかね。
ついでに、いっそフリー撮影エリアでパネル立ててツーショ出来ますとかやれば良いじゃん…。
クソ俗物企画で下手に小綺麗に意識高めっぽい変なボールを暴投しするから、ダメなんだよな…。

もうめちゃくちゃ書いたんですけど、多分書き忘れた事、沢山あると思う。

ぶっちゃけ人間は話し合ってもわからない事なんてごまんとありますし、このnote読んで怒っていることは認識しても、怒っている理由まではピンと来ない人もいるんじゃないかなって思ってます。

でも、それで良いのです。
君も怒れ、怒らなきゃいけないなんて事はないし、自分は「〇〇女子(男子)」のポジティブなエンパワーメントを信じる〜でも良いのです。

ただマーケティングとかキャッチコピーとかはやる人は気をつけて欲しいし、PRする業界のバイアスに乗っかってないかチェックしようよ!って事です。
誰もが傷つかない表現はないけど、既存顧客を苦しめる表現はどうかと思うわけ。

何度も言うようだけど、すでにある「〇〇女子(男子)」を刈り取る気はないし、自ら名乗るのは自由!

差別は意識しても無くすことは難しいけど、こういう事故が減ったら良いな!って思います。


ちなみに蛇足だけど、元記事に沢山コメントくれた人は、「カメラ女子」に思い入れがあるみたいだけど、ちょっと検索するとこういうゴリゴリの記事が出てくるから、「女子」はフラットなイメージって今のところ無理があると思う。

最近、男性の趣味と思われていた分野に女子が参入してくるケースが目立っています。
例えば、鉄道ファンの「鉄子」、歴史ファンの「歴女」、意味合いが異なってきますがカジュアルに登山を楽しむ「山ガール」なんて言葉もあります。
カメラ女子とは文字通りカメラを趣味にする若い女性の事です。

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🌷使っていただいたお金は、本や、資材購入に当てられます🌹